出会いの桜

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「やっと終わったぁ〜……」 長かった1日が終わり、ようやく自室へ戻ってきた雪乃は、部屋の中央に敷いた布団にばたりと倒れこんだ。 住み込みで働く女中には、狭いながらも一人一人に個室が与えられている。部屋には箪笥と鏡台、小さな文机が備え付けられており、厠と風呂は共用。質素な部屋だが、個室があるだけでもありがたい。 「それにしても、あの人……浅葱にそっくりだったなぁ」 天井を見上げながら思い返すのは、鋭い切れ長の瞳で雪乃を見つめるあの男のこと。 「向こうは何も覚えていないみたいだったけど……」 ぽつりと呟いた言葉が、思った以上に大きく室内に響く。雪乃はごろりと横になり、側にあった枕をぎゅっと抱きしめた。 (時雨様、かぁ……) そもそも、あの「時雨様」とやらが前世の想い人と同一人物という確証はない。が、少なくとも外見的特徴はまるっきり同じ。前世の記憶の中にいる自分も、今と同じ外見をしていることから考えるに、生まれ変わっても外見は変わらない、というのが今の雪乃の見解である。そう考えると、「時雨様」は前世の「浅葱」と同一人物という結論に辿りつく。 「でもどうして、わたしにだけ前世の記憶が残ってるんだろう……」 自分だけ過去に取り残されているような感覚に、雪乃はほんの少し寂しさを覚えた。「来世では必ず」と想っていたのは自分だけだったのだろうか。 ぼんやりとしながら寝支度をしていた雪乃が、鏡台にある櫛を取ろうと手を伸ばしたとき、ふと目に入った桜の花びら。手に取って、それをじっと眺めてみる。淡い色をしたそれはとても薄っぺらくて小さかった。 「……よくこんなもの掴めたわね」 雪乃は言ってから、そういえば前世でも彼は器用な男だったことを思い出す。 頭も良く、武芸にも長けており、何をやらせても様になる。幼い頃から共に育った二人はいつも一緒で、それは年頃になってからもさほど変わりなかった。そんな彼にいつしか恋心を抱き、いずれは一緒になれたら、そう思っていた相手だった。 そんな折、自分の元へやってきた嫁入りの話。拒否できるのなら拒否したかったが、とてもそんなことが許される相手ではなく、婚姻の話はどんどんと進んでいった。 雪乃は泣くほど結婚を嫌がったが、そんな雪乃の心の支えとなったのが浅葱である。彼は従者として側にいると誓い、最後までのその約束を果たしてくれたが──。 「あんな最期になっちゃうなんて……」 前世で二人が結ばれることはなく、自分は矢に打たれ死んでしまった。死に際に告げた言葉だけが、彼に直接的に伝えた唯一の愛の言葉。遠い過去のことなのに、あの頃の出来事はまるで昨日のことのように思い出せる。 「本当に浅葱は何も覚えてないのかな……」 その事実を明らかにするためにも、雪乃はあの時雨という副隊長について、もっと知りたいと思った。
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