ひまわりの愛しさ

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提灯で照らされた廊下を歩く。おにぎりをつい食べてしまったことがばれてしまったのは不運だったが、思わぬ偶然でこうして時雨と話す機会が生まれたのは幸運だった。空にはそんな二人を見守るかのように、煌々と光る丸い月が浮かんでいた。 (で、でも、何を話せば……!) 時雨の少し後ろを歩く雪乃は、沈黙が続くこの状況を何とかしないと、と頭を抱えていた。時雨が好きだと気づいてしまった今、何を話していいのか、さっぱり分からない。 (この前みたいに、喧嘩腰になっちゃうといけないし……。でも、この人と話す話題……話題……。ああ、会話一つでこんなに悩まなくちゃいけないなんて!) 雪乃は部屋までのわずかな間でも、こんなに頭を悩ませているのに、一方の時雨はどこ吹く風といわんばかりに、相変わらずいつもの涼しげな表情を浮かべたまま黙って歩くだけ。 (ちょ、ちょっとくらい何か話してくれてもいいのに……!) と、ついにはそんな時雨に八つ当たりの感情する芽生えてくるほどだ。 「あれ?雪乃ちゃん?」 ふと後ろから聞こえてきた声に振り向くと、そこには花ごころの常連客、和泉の姿があった。 「和泉様!」 「やっぱりそうだ。久しぶり、雪乃ちゃん!」 時雨と二人きりで緊張していた雪乃は、見知った人物の登場に顔をぱぁと明るくさせた。一方の和泉も、自然な流れで雪菜の両手をぎゅっと握りしめて、にこりと笑顔を浮かべる。だが、ちらりと視線を横にずらすと「隣に顔も見たくない野郎がいなかったら、最高だったんだけど」と、心底対面するのが嫌そうな顔をした。 「……黙れ、色魔医者」 「なんだと、この冷血漢!」 よほど仲が悪いのか、顔を付き合わせていがみ合っている二人を間近で眺めながら雪乃は苦笑し、「和泉様、とりあえず手を離してくださいね」とそっと手を和泉の手から抜き取った。 「こんな時間に和泉様が屋敷にいるということは、急患ですか?」 「うん、まあね。薬を処方したから、もう大丈夫だけど。それにしても、こうして雪乃ちゃんにも会えたし、来てよかった〜」 そう言いながら和泉の手が、また雪乃の手に伸びようとしたところで、時雨が雪乃をぐいと引っ張り、それを阻止した。突然の行動に、雪乃は目をぱちくりと瞬かせた。 「用が済んだら、さっさと帰れ」 「うるさいな、お前とは話してないっつーの」 驚いている雪乃をよそに、二人の言い合いはまだ続いていた。二人がここまで仲が悪い原因は分からないが、よっぽどのことなのだろう。「まあまあ、二人とも落ち着いて」と、雪乃がなだめてみたが、両者一歩も引かずである。 「そういえば、雪乃ちゃん。この間、暁の囮捜査に協力してやったっていうじゃんか。その腕の怪我とは関係ないの?」 さすがは医者だからか、雪乃の腕の包帯を見て気遣ってくれる和泉。雪乃が「これは転けたときに、少し痛めてしまって。たいした怪我じゃないので、大丈夫です」とごまかせば、隣から時雨の鋭い視線が刺さる。 「そう?ならいいんだけど。もし、何かあったら僕が診てあげるから、いつでも診療所においでよ」 「ありがとうございます、和泉様」 和泉はお礼を言う雪乃に、にこりと笑みを返したかと思うと、今度は時雨の方を見て「頑張った雪乃ちゃんに甘味ぐらいご馳走してやれよ!」と言った。 「特別手当はきちんとお支払いしましたが」 「はんっ!それで十分だって?これだから気が利かない男は」 「あなたみたいなくずに言われるのは心外です」 「僕だったら、お金以外にも雪乃ちゃんにおいしいお菓子もご馳走してあげたり、かわいい髪飾り贈ってあげたりするもんね〜!」 挑発的な視線を送り、雪乃の耳元で「こいつ、すっごいけちな男だからね」と言い放つ和泉。それを見た時雨は、再びぐいっと雪乃の体を引っ張った。 「……雪乃さん、今度福寿のお菓子全種類買ってあげましょう。好きって言ってましたよね」 「ぜ、全種類ですか⁈」 「ええ、遠慮なく好きなだけどうぞ」 売り言葉に買い言葉、という感は否めないが、雪乃にとってはありがたい話だ。途端、嬉しそうに破顔した雪乃を見て、時雨はどこか勝ち誇ったような目で和泉を見る。 「何だよ、その目!ねえ、雪乃ちゃん。今度、僕とお出かけしない?最近、めっきり会えなくなって寂しいからさ〜。おいしいご飯、ごちそうするよ」 にこりと笑って、また雪乃の手を握ろうとした和泉だったが、その前に時雨に伸ばした手をぱんっ!と叩かれた。 「いってぇ‼︎」 「用が済んだなら、さっさと帰る」 しっしっと、野良犬をあしらうように和泉を追い出そうとする時雨に、和泉はむっとしながら叩かれた手をさすっていた。 「和泉様〜?帰りますよ〜!」 すると、遠くから若い男の声が聞こえてきた。 「あ、(かなめ)だ!せっかく雪乃ちゃんと会えたところなのに〜」 残念そうに眉を下げる和泉に、雪乃は「また、いつでも会えるじゃないですか」と苦笑をもらす。和泉は「それもそうか」と、にこやかに微笑む。 「じゃあ、雪乃ちゃん。今日のところは帰るね。また、僕とも遊んでよ」 にこりと笑った和泉に雪乃が「お疲れ様でした」と返すと、時雨は「早く帰れ」と睨みをきかせる。 「うるさい、言われなくてもそうするっつーの!」 和泉はそう言うと、ひょいと中庭の方に降りて遠くにいるお付きの要の元へと行ってしまった。振り返ってこちらに手を振る和泉に、雪乃が手を振り返す。すると、隣から聞こえてきた「行きますよ」と不機嫌そうな時雨の声。 「あ、待ってください!」 雪乃はそう言って、その背中を追いかけた。
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