出会いの桜

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「とは意気込んで返事をしたものの、見つかるかなぁ……」 その日、仕事を終えた雪乃は、行きつけの茶屋でお茶と茶菓子をいただきながら、職探しについて考えを巡らせていた。手には桃色、白色、薄い緑色の三色団子。憂うつな表情を浮かべながらも、その手の中にある団子は一つ、また一つと口の中へ消えていく。 「せっかく仕事も慣れてきて、順調だったんだけど」 はぁ、と大きなため息をつき、横に置いてあった湯呑みを取ろうと手を伸ばす。ところが、そこにあったはずの湯呑みがなく、雪乃の手ははたと止まった。 「あれ?」と言いながら顔を上げると、「探しものはこれかな?」と、にこにことした笑顔を浮かべる男の姿。 「和泉(いずみ)様!」 「やあ、雪乃ちゃん。久しぶり」 現れたのは、雪乃が働く定食屋の常連客、和泉だった。 さらさらと流れる黒の短髪に、流麗な瞳。いつも人好きのする笑みを浮かべた彼は、街でも指折りの色男として名を馳せている美男子。それでいて気さくに話しかけてくる男で、雪乃ともすっかり仲良くなった客である。 ここ最近は仕事が忙しくなるからと、しばらく見かけていなかったため、会うのは久々だ。そんな和泉と会えたことに、雪乃の頬がふと緩んだ。 「今日はどうされたんですか?」 「往診の帰りにたまたま通りかかったら、雪乃ちゃんが難しい顔してたから気になって」 顔がいい上に気遣いまで出来る。しかも、職業は医者。こうしてみると和泉という男は、完璧のようにも思えるが──。 「あ、紫華(しか)ちゃん。今日もその着物似合ってるね」 そんな彼に欠点があるとすれば、女好きという点だろうか。 人と話している最中でも目につく女の子がいたら声を掛けてしまうのは、もはや長年に渡って染み付いた彼の癖といってもいいだろう。 そのせいか女性関係で幾度となく修羅場になったと店で話していたことを思い出した雪乃は、呼びかけた娘に「また遊ぼうね」と手を振る様を見つめながら、懲りない人だなと思う。 くるりとこちらを向いた和泉は、にっこりと笑って雪乃に「はい、どうぞ」と湯呑みを渡す。それを受け取った雪乃は「和泉様って、ほんと女の子大好きですよね」と、しみじみと呟いた。 「なに、やきもち妬いちゃった?」 「妬いてません」 客として店に来るたびに、和泉に絡まれていた雪乃は、すでにこのやり取りには慣れっこだだ。最初こそ甘い言葉をかけられるたび照れて頬を染めていたものの、今では軽くあしらうのが常となっていた。 相変わらずの雪乃に和泉はあはは、と明るい声で笑うと「お姉さん、僕にもお茶と団子ちょうだい」と近くの店員に呼びかけた。注文を受けた店員は頬を染めて和泉を見たあと、「すぐにお持ちします!」と店の奥へと消えていく。 行ってしまった店員を横目で追いつつも、和泉はそのまま自然に雪乃の隣へと腰掛けた。そして、雪乃に向き直ったかと思えば、 「で、雪乃ちゃんは何か悩み事でもあるのかな?困ってることがあったら、僕に相談してごらん?」 と、相手の警戒を一瞬で解いてしまうような、優しげな微笑みを浮かべる。 (こういうところが、ずるいんだから) どんなことも受け止めてくれそうな和泉の包容力に、惹かれる女は多いのだろう。これを見せられると、つい心を開いてしまうのは雪乃も同じだった。一人で悩んでも埒が明かないと思った雪乃は「聞いてくださいます?」と、ことの顛末を説明することにした。 「え、花ごころ閉めちゃうの?すっごいお気に入りの店だったのに」 「なんでも、大将の親御さんが病気で田舎に帰っちゃうとかで。それで、次の働き口はどうしようかと、考えていたところなんです」 雪乃の言葉に合点がいった和泉は、「なるほどねぇ」と腕を組んだ。 「新しい仕事場を探さなくちゃいけないってことか。どこか当てはあるの?」 「さっき仕事帰りに、この辺りのお店を回ってみたんですけど、つい最近新しい人雇ったばかりっていうお店が多くて」 「花見の時期は、ごそっと人雇うからね。どこも現状足りてるって感じなのかな」 「そうなんですよね〜。出来れば今と同じような仕事のお店がよかったんですけど」 新しく仕事を覚えるのは苦手だからと、同じような仕事が出来る場所を探していたものの、仕事がなければ業種の違う店も候補に考えるしかないだろう。自分のやりたい仕事を、などと甘えたことを言っていられる立場でもない。何せ、生活がかかっているのだ。 雪乃がぼんやりとそんなことを考えていると、隣から「あ!」と声が上がった。何かひらめいたらしい和泉を、雪乃が首を傾げながら見る。 「あったよ、働き手募集中の職場が!」 「募集中……?」 「ほら僕、往診もやってるでしょ? そこの一つに、人手が欲しいって言ってたところがあったんだ。よかったら紹介状書こうか?」 和泉の言葉に「そこって何屋さんですか?」と問う雪乃。すると、にこやかな笑みと一緒に返ってきたのは、自分とは縁遠いところだと思っていた場所だった。 「城都の治安維持のために働いてる組織、『(あかつき)』のお屋敷だよ」
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