出会いの桜

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支給された着物に着替えた雪乃は、早速今日から仕事をすることになった。 着物は撫子色に、白磁色の帯。しっかりとした生地だが動きにくいこともなく、作業をするにはちょうどよさそうだ。 「では、まず隊士の方たちが着ている隊服のほつれから直してもらいます。道具はそこにありますから」 屋敷内の案内が終わり、多喜に連れられてきたのは、辺り一面にずらりと同じ形の着物が並ぶ部屋。どうやら裁縫を行う場所のようで、部屋の隅には裁縫道具と作業台が置いてある。 「隊服の、ほつれ……」 目の前の着物の山を見て、冷や汗をたらりと流す雪乃。裁縫道具を見たあと、また着物を見て、また裁縫道具を見る動作を繰り返す雪乃は、あきらかに挙動不審である。 「試しに一枚やってみなさい」 「は、はい!」 多喜に言われ、慌てて近くの隊服を一着手に取った雪乃は、裁縫道具がある作業場へ駆け寄った。そして早速、道具箱から針と糸を取り出し、作業にかかろうとしたのだが──。 「なんですか、これは!」 数分後に聞こえてきたのは、多喜の怒声だった。雪乃は出来上がった隊服を見つめながら、確かに多喜がそう言いたくなるのも理解できる、と自分のことながら納得してしまった。 そこには、補修前よりもひどい状態になってしまった隊服の姿。糸のほつれがより複雑になり、縫い目もお世辞にも綺麗とは言いがたい粗さだ。 「す、すみません。裁縫は苦手で……」 そう言ってえへへと笑う雪乃に、多喜は目尻をきっと吊り上げた。 「裁縫はやめにします。次は炊事場に行きますよ!」 「は、はい!」 そのあと炊事場に行った雪乃は、多喜に言われて食事の仕込みを頼まれたものの、またそこでも失敗ばかり。見るも無惨になってしまった食材に、多喜の開いた口が塞がらない、といった状況だ。 「ここも、もうよろしい! こうなったら裏庭の掃き掃除でもしてきなさい!」 「わ、わかりました〜!」 追い出されるような形で裏庭へと追いやられることになった雪乃は、自分の不出来具合に落ち込みつつ、いまさらながらに、花ごころの大将の寛容さに助けられていたことが身にしみると思ったのだった。
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