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大根おろしの秘密
今日の夕飯はさんまの塩焼き。
俺は、横に添えられた大根おろしの味で、彼氏の機嫌が分かる。
「いただきます」
「いただきます」
ちょっと箸でつまんで大根おろしを食べてみる。その味は……辛い! 舌がひりひりする! これは……。
「なぁ……会社でなんかあった?」
「え?」
驚いた顔をする彼氏。俺は箸を置いて「話、聞くけど」と促す。彼氏は、ちょっとだけ困ったような顔をして笑った。
「うーん。ちょっとだけ、嫌なことがあった」
「ちょっとだけ?」
「うん。ちょっとだけ」
怒りをぶちまけないのが彼氏の性格だ。本当ははらわたが煮えくり返っているに違いないのに……。
昔、おばあちゃんから聞いたことがある。
大根おろしを作る時は、怒っていたらいけないよ、と。怒って作った大根おろしは、とっても辛くなってしまうからね、と。
今日、彼氏が作ってくれた大根おろしが滅茶苦茶に辛いということは、心が怒っているということだ。うーん。ストレスを発散するのが下手な奴だからなぁ……気分転換に、ドライブにでも連れ出そうかな。
そう考えを巡らせていると、ぷっと彼氏が噴き出した。俺は顔を上げる。彼氏は「いや……」と眉を下げた。
「僕のこと、凄く見てるんだなぁって……」
「え?」
「僕の機嫌が悪いこと、他の人は誰も気が付かないのに……いつも励まそうとしてくれてありがとうね」
もう平気だよ、と笑う彼氏につられて俺も口元を緩めた。
どうやら、彼氏はまだ大根おろしの秘密に気が付いていないらしい。
このネタばらしは、まだまだ先で良いよな。きっと。
俺は箸を手に取って、もう一度大根おろしを食べた。その味は彼氏の気分が少し晴れたからなのか、ほんの少しだけ柔らかいものに変わっていた。
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