1/1
前へ
/7ページ
次へ

僕は生まれて一度も、「怒り」を感じた事がなかった。 「怒り」を知らなかった。 どうすれば怒る事が出来るのか、どうして皆がそんなに怒るのか。 僕には、全く理解が出来なかった。 僕は山間の片田舎に生まれた。 兄弟は七人、僕は五番目。 体は一番小さく、いつもミルク争奪戦に負けていた。 「こんなので、ちゃんと大きくなれるのかね」 周りの人は、いつもそんな風に僕の事を言っていた。 けれど、僕には自慢出来るところもあった。 尻尾だ。 体は小さくても、僕の尻尾はとても立派だ。 兄弟の誰よりも太い。 左右に振ると、少し重いくらいだ。 体の毛は全身真っ黒だ。 だから、僕の名前は「ゴマ」だ。 名前が付けられたのは、僕が生まれて三ヶ月経ってからだ。 その頃、僕の兄弟は離れ離れになっていた。 最後に取り残された僕も、すぐに違う家に連れて行かれた。 そこに居た女の人が、僕を「ゴマ」と名付けたのだ。 その女の人は、皆から「お母さん」と呼ばれていた。 他にも、お父さん、おじいちゃん、そしてユメちゃんという人達が住んでいた。 どうやら僕は、その人達と一緒に生活をしなければならなくなったらしい。 山下家のゴマ。 真っ黒な体をして、太い尻尾を持ち、「わん」としか喋る事が出来ない。 それが僕だ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加