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「ゴマ、今日はこれで特訓だ」
仕事から帰って来たお父さんが、熊の人形を持って言った。
「あら、それどうしたの」
「買って来たんだよ。
この前、ゴマが散歩中に野良猫を怖がっちゃってね」
「猫相手にそれは情けないな」
お母さんとおじいちゃんが笑う。
ユメちゃんは、鼻の上に皺を寄せた。
「ゴマは本当は強いんだよ」
ユメちゃんが僕の首にしがみ付く。
苦しくて逃げようとするも、その腕はしっかりと固定されている。
「そうだったな、ユメの中でゴマは世界一強いもんな。
でも、いざ何があっても良いように、ゴマに戦いの特訓をしようと思うんだ」
「戦い?」
「そう。
最近は、畑に猪や猿が出るって言うし。
もし誰かが襲われたら大変だ。
たとえ熊が出たとしても、ゴマは勇敢に戦えるヒーローにならないと」
お父さんがそう言えば、ユメちゃんが「そっかー」と、僕の首を放してくれた。
「でも本当、最近は猪が多くて困る」
「なあ、ゴマ」と、おじいちゃんが同意を求めてくる。
確かに、近頃は畑に獣臭が集まってきている。
ほんの少しの場所でも、沢山の動物のにおいが入り混じっている。
その数は、日に日に増えてきている実感があった。
「おじいちゃん、お隣の大森さんって猟友会でしょ?
相談してみたら?」
お母さんが心配そうに言う。
「野菜の被害もあるけれど、それより畑仕事しているおじいちゃんに何かあったら大変だし。
何か対策して貰っておいた方がいいと思うの」
おじいちゃんも、「うん」と唸るように返事をする。
その暗い雰囲気を掻き消すように、お父さんが「ゴマ」と僕に呼びかけてきた。
「だからこそ、お前の出番だ。
たとえどんな敵が現れても、お前が頑張って皆を護るんだ」
お父さんが、僕の鼻先に人形を押し付けてきた。
「ほら、今日は格闘練習だ。
相手の急所を狙え」
僕は避けようとしたが、しつこくお父さんは攻めてくる。
逃げても逃げても、追いかけてくる。
その様子を見て、皆がわっと笑い出した。
僕も何故だか楽しくなって、尻尾を振りながら走った。
「逃げ方の練習じゃないぞ」
お父さんも笑う。
「ほら、ちょっと怒ってみろ。
逃げるんじゃなく、怒って立ち向かうんだ」
僕は益々スピードを上げて駆けた。
家族の楽しげな声が、更に大きくなる。
「こら、ゴマ。
お前は本当に困った臆病者だな」
振り返ると、走り疲れたお父さんが肩で息をしていた。
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