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僕は生まれて一度も、「怒り」を感じた事がなかった。
「怒り」を知らなかった。
どうすれば怒る事が出来るのか、どうして皆がそんなに怒るのか。
僕には、全く理解が出来なかった。
僕は山間の片田舎に生まれた。
兄弟は七人、僕は五番目。
体は一番小さく、いつもミルク争奪戦に負けていた。
「こんなので、ちゃんと大きくなれるのかね」
周りの人は、いつもそんな風に僕の事を言っていた。
けれど、僕には自慢出来るところもあった。
尻尾だ。
体は小さくても、僕の尻尾はとても立派だ。
兄弟の誰よりも太い。
左右に振ると、少し重いくらいだ。
体の毛は全身真っ黒だ。
だから、僕の名前は「ゴマ」だ。
名前が付けられたのは、僕が生まれて三ヶ月経ってからだ。
その頃、僕の兄弟は離れ離れになっていた。
最後に取り残された僕も、すぐに違う家に連れて行かれた。
そこに居た女の人が、僕を「ゴマ」と名付けたのだ。
その女の人は、皆から「お母さん」と呼ばれていた。
他にも、お父さん、おじいちゃん、そしてユメちゃんという人達が住んでいた。
どうやら僕は、その人達と一緒に生活をしなければならなくなったらしい。
山下家のゴマ。
真っ黒な体をして、太い尻尾を持ち、「わん」としか喋る事が出来ない。
それが僕だ。
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