エスパー向けの質問

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 「どうして私が怒ってるか、わかりますか?」  開口一番、めんどくさい質問をされてしまった。 相手の心が読めるエスパー向けの質問だ。 会議室に呼び出されて時間通りに着いて、 部長の正面の椅子に座った途端にこの質問である。 相手が喧嘩している最中の恋人ならまだ譲れるが、 相手は部長である。  わかんないですね、と答えてさっさと帰りたい気持ちもあったが、 残念ながらそういうわけにもいかない。 僕にも生活というものがあるし、持病のせいで病院代もバカにならない。 さっき薬を飲んでおいてよかった。 いつもの頭痛が出てきたが、薬を飲んでなかったらもっとひどかっただろう。  「昨日、阪神タイガースが逆転負けしたからですか?」  「わざわざ呼び出して、そんな理由だと思いますか?」  この返答で怒鳴られたらあきらめて帰ろうかと思ったけど、 少し溜息をつかれたくらいで済んでしまった。  「駅前にあるラーメン屋さん、なんか今変な客に絡まれてるらしくて、 SNSで炎上騒ぎになってるらしいですね。ラーメン屋さんは完全な被害者 なんですけど、気の毒ですよね。」  「ネットの記事になってましたね。私も犯人には怒りを覚えますが、それじゃあないです。」  さっきよりも返事の声が冷たい気がする。すでに二回失敗している。 次に失敗して三連続失敗だと、いよいよレッドカード扱いで『退場』する羽目になるかもしれない。  頭が痛いんで気が進まなかったけど、真剣に部長の怒りがなんなのか 探ることにした。部長の顔を見て、目を閉じる。 左側のこめかみに棘が刺さった様な痛みがある。指で押していき、 何度目かに丁度痛みのある箇所に当たった。  冬にドアを開ける時に静電気が走った様な、バチッという音と紫の光が、 目を閉じている頭の内側で見えた気がした。  「先週、駅前の公園であった暴行事件。被害者は女子高生。 犯人はその同級生三人。いじめなんて言葉では言えないような暴行事件。 加害者たちも加害者の親も『よくあること』って態度で 上っ面の謝罪すら拒んで、学校側も事なかれで済まそうとしている事件。 親が学校に影響を与えられるような立場の人間なんですかね。 そのクソみたいな犯人たちと親と学校の所業に腹が立つ。 それが部長の怒ってる原因ですかね。」  少し早口で一気に言った。顔の左半分の血管が痙攣して顔が引きつる。  「ご明察。おめでとう。」 ぺちぺちという音が小さく聞こえる中、 音も無く壁際にあったダンボールから一枚の紙がゆっくりと浮かび上がり、 テーブルに向かってくると僕の前にひらりと着地した。  『 特殊捜査2課 ESP及び超能力と称される現象・事案への対策対処とそれに伴う特殊技能の所持者 選抜試験 合格通知 』  書類の一番上にはそう書かれていた。  「今回の試験の成果をもって、あなたを特殊捜査二課への試験採用となります。細かい手続きの書類は説明の後でお渡しします。まずはこちらの書類に目を通してもらって、」  「すいません、いいですか?」  このまま続きそうな部長の説明を遮って、手を挙げた。  「どうぞ。」  「あの、今回会社の健康診断で頭痛の相談をお医者さんにして、 それから検査をしてたらいつの間にか超能力がある、それを使って 働けって流れになってたんですけど、これはその、強制というか、 会社からの命令ということなんでしょうか?」  「試験前に同意書にサインをされたはずですが。そこに今の質問に対する回答は書かれていませんでしたか?」  「いえ、書かれていましたし、拒否するつもりも拒絶するつもりもないんですが、その、」 試験前から現実感はなかったけどし、さっきの部長の書類を運んだ能力やらいろいろ見せてもらってたからインチキだとか今更言い出すつもりはなかったけど、それでもやはり、いざ合格と言われると、今更でも聞いておきたいことはあった。  「子供の頃からのこんな変な力が、役に立つものなんでしょうか?」  頭痛と周りの大人や友達の感情に振り回される、余計なものとしか、僕には思えない特徴だ。  「あなたは先ほど私の怒りの原因を適切に辿り、探り当てました。 あなたにとってなんでもないことでも、あなた以外にとっては特殊で貴重な ものなんです。」  部長はまっすぐに僕を見て言った。  「部署の異動に伴い、業務に必要な技能の保持者ということになりますから、社内規定どおり資格手当等の対象になります。昇給などの相談については後程。では説明の方に入ります。」  そこからは細かい規定なんかの説明になった。 僕は、社内での仕事の部署が変わった程度に捉えることにした。 それに、さっきの部長の言葉と目は、信用できるものに思えた。  それから後、僕が自分の変な力を応用して試験の時に口にした暴行事件の犯人たちやラーメン屋さんに嫌がらせをしていた犯人への対処を含めた仕事をすることになるが、それが想像以上に苦労することになるとはこの時は思わなかった。
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