エピローグ

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「見に来てよかった……。川野、本当にありがとう」  律希は、紗奈が繋いでくれた方の手を見つめて言った。俯いたまま軽く微笑むと、紗奈がこちらの顔を覗き込んで聞く。 「私は何もしてませんよ?」 「それでも、川野にはたくさん助けられたから」  紗奈は、やはり不思議そうに首を傾げるが、律希は穏やかな表情でうなずくばかり。  優しい春の風が2人の間を吹き過ぎ、意味もなく幸せな気持ちになった。 「春ですね〜」 「春だね」  言うともなく紗奈が呟けば、律希も同調する。  基礎時代に、かけがえのない幸せを噛み締める2人の未来人。それは、少し不思議で、素敵な空間だった。  その時、見送りを終えて、店内に戻ろうとしたさやかが、ふと紗奈と律希に目を止めた。 「あのー、ご来店のお客様ですか……?」 「えっ!?」  誤算だ。完全に油断してしまっていた。 「い、いえ……すみません、見てただけです!」  紗奈が慌ててそう言い、律希がそんな紗奈の手を強く引いてささやく。 「話すな。逃げよう」  いくら安定時代とはいえ、接触は厳禁だ。2人は手を繋いだまま、基礎時代の路地を駆け抜けた。    途中でパッと振り返るが、さやかは追って来ていない。  何事も無かったかのように街を彩る春の日差しを見て、律希と紗奈はほっと息をついた。 「危なかった……」 「……そ、そうですね。完全に油断しちゃいました」  そう言い合って2人は、ふとお互いに目を向ける。走ったせいで上気した頬と、早めの呼吸がお揃いだ。  しばらく黙って見つめ合う2人。すると、不意に律希が表情を崩して笑い出した。 「な、なんですか。一ノ瀬さん」 「いや、だって……!」  なぜ笑っているのかは、自分でもよく分からない。しかし、慣れない過去の世界で、春の陽気の中を駆けたことが、なんだか楽しかったのは事実だった。 「なんでだろう……、やっぱり、楽しかったから?」 「笑ってる理由ですか? そんなの、私に聞かれたって知りませんよ」  紗奈は呆れたように、頬を膨らませる。  しかし、それも長くは続かず、じきに彼女も声を立てて笑い出した。 「ほら、川野も笑ってる。なんで?」 「一ノ瀬さんが笑ってるからでしょう! あー、もう苦しいです。嫌!」 「別にやめればいいじゃん」 「無理です。なんだか、面白くなってきちゃいましたもん」  春の陽気にあてられて、ただ何も考えずに笑い続ける2人。彼らが笑うのをやめて、未来に帰るのは、最低でも5分以上後のことである。  ──世界の歴史を守る、若き時間警察たちの未来。  小さな兄妹の未来が輝かしいものであったように、彼らのそれもまた、希望に満ちたものであることを。  700年の時を超えて、人々を照らし続ける太陽が、その願いを静かに受け取った。 (完)
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