エピローグ

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 硬度検知TSで割り出した安定時代に、派遣されたのは律希と紗奈。きっと、1番優斗とさやかのことが気になっているのは彼らだろう、と中山が判断して行かせてくれたのである。 「川野、その角は左。少し行ったら、あずまパンがあるはずなんだけど……」  律希は、自分の愛用PCを、この時代のネットワークに繋げている。あずまパンで調べると、案内図が見つかった。しかし、出どころがかなり古いサイトなので、これだけでは、今もあずまパンがあるという保証にはなり得なかった。  道を進むにつれて、緊張が増す。  ──もし、あずまパンが無かったら。自分たちは、どんな気持ちになれば良いのだろうか。  もちろん、あずまパンの有無が、この時代の優斗たちの幸せを決めるわけでは無い。コロナ禍が始まって、10年近くが経ったこの時代で、彼らの幸せはまた別の形で存在しているかもしれないのだ。 (大丈夫。あの2人は、どんな世界でも幸せを掴む力を持っているはずだから)  慣れない世界に連れて来られ、何度も辛い思いをして、それでも、未来を救う為に必死で動いてくれた兄妹。  彼らなら、不安定なこの時代も、強く生き抜いたに違いなかった。 「一ノ瀬さん! あれって……」  突然、紗奈がそう叫んで、すぐ先の看板を指差した。  水色の看板に、丸いフォントで書かれていた文字は「あずまパン」。目線を移して店の外装を見れば、ガラス張りの、明るくておしゃれな仕様になっている。律希が予めネットで見た画像とは全く違うが、店名が同じであるということは、恐らくそれで間違いないだろう。 「改装、したのかな。綺麗な店……」  律希は、思わずそう呟いた。張りつめていた緊張が、得体のしれない感情へと変わる。しかし律希には、その感情がなんなのか、はっきりと知覚することが出来なかった。  一方紗奈は、安堵と喜びに目を輝かせて言う。 「外がガラス張りなのは助かりますね! 中に入らなくても、様子を確認できます!」 「そうだね。でも、不審に思われないようにしないと」  中の様子が見える角度まで、慎重に移動する2人。反射がなくなって見えるようになった、明るい陽射しの差す店内には、レトロなデザインのレジを打つ一人の女性が居た。  真っ白なシャツにカフェオレ色のエプロン。艶やかな黒髪をポニーテールに結んだ小柄なその女性は、目にかかった前髪を鬱陶しそうに払った。  思わず、息を止める。  彼女の動きは、映画の1シーンのように、スローモーションに見えた。  こんがり焼けたパンを、一つ一つ透明な袋に入れる。その手付きはかなり手慣れていて、彼女の意識のほとんどは手元ではなく、お客さんとの会話に向けられていた。  会話の内容は、全く聞き取れない。お客さんの表情もこちら側からはうかがえないが、エプロンの女性の方は、輝かんばかりの笑顔を浮かべていた。
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