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1 時間警察修正部
2718年9月20日午前1時
「本当にこれでいいんですか? 一ノ先輩、俺なんか信じちゃって大丈夫なんすか? もちろん、どうなっても俺は責任取りませんよ」
「平気だってば。誰も和弥に責任取らせようなんて、最初から思ってないし……後、一ノ先輩じゃなくて、一ノ瀬先輩ね」
「えっ、面倒じゃないですか。せ、二回言うの」
「面倒でも言えよ」
深夜一時。人工の光が照らすオフィスの中で、なにやら揉めているような二人の声が聞こえる。
「何回も言ってるけど、本当に大丈夫だよ。早くEnter押して」
「本当にいいんですか!? また最初からになるかもしれませんけど?」
「しつこいな。もういい、そのPC貸して。僕がやるから」
柴谷和弥から、彼の一年上の先輩、一ノ瀬律希がPCを取り上げる。律希が迷いなくEnterを叩くと、和弥は、見たくないとばかりにぎゅっと目を瞑った。律希は冷静に画面を見つめている。
彼らはFTT株式会社(通称・時間警察)の社員だ。FTTは、2709年に時間旅行が一般向けにサービス化されると同時に発足した、時間旅行におけるトラブルに対応する為の組織である。旅行客のクレーム対応から、過去ツアーのガイドまで、その業務は多岐に及ぶ。その中でも、最も重要とされているのは、歴史の改変によって現在の生活が脅かされることを防ぐことだ。
時間旅行──現在の人間が過去へ行くという行為──は、それだけで本来の歴史にそくさない。ゆえに、少し気を抜くだけでも、歴史が改変されてしまう恐れがある。
この世界は数えきれないほどの偶然から成り立っている。よって、その黄金バランスが一部でも崩れれば、世界は如何様にも変わってしまうのだ。
「一ノ瀬先輩……? これ、失敗じゃ……」
律希と和弥の前にあるパソコンの画面は、未だ、「調整中です」のまま動かない。
「和弥、これが失敗だったら後何時間?」
律希が聞くと、和弥はさっと時計を振り返る。そして、溜息をついて呟いた。
「……五時間、です」
「そっか」
短く答えて、律希は溜息をつく。
「これが駄目だったら、かなり厳しいな」
修正部の仕事には、実装の法則、という時空学の法則が関係している。
現代の人間が、過去の世界で本来の歴史にそくさない行動を取った時、普通に考えれば、その瞬間から歴史は変わってしまうと考えるのが妥当だろう。しかし、〈実装の法則〉が示すのは、その変わった後の歴史が、本来の歴史と置き換わるまでには、72時間の猶予があるという事実だ。
この72時間は実装猶予と呼ばれ、現代人が過去で何をしようと、この期間、歴史はいっさい変わらない。もちろん72時間を過ぎれば実際に歴史は置き換わり、あったはずの未来は変わる。
出来れば、歴史の改変など起こさせないことが理想だが、時間旅行サービスを提供し続ける以上、歴史改変が発生してしまうことは避けられない。その為時間警察は、この実装猶予72時間の間に、変わってしまった歴史の修正を行うのだ。
「あー、これ絶対駄目じゃん! 最悪」
「和弥、黙れ」
和弥の叫びに、律希の鋭い声が飛ぶ。
今回の改変は、一般の旅行客が過去の人間と接触してしまったことが原因の、よくある典型的な改変だった。しかし、時空間が複雑に歪んでしまっていた為、久しぶりに猶予時間を大方使い切ってしまっている。
歴史の修正は通常、パソコンの時空間修正ソフト上で行う。今はその最終設定を時空間に実装する段階。これが本来の歴史に整合しなければ、最初から設定しなおしだ。
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