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和弥が泣き言を言いたくなるのも当然、と言えるかもしれないこの状況。パソコンはフリーズしたまま、律希が発する無言の圧力によって和弥はもう一言も話さない。
息苦しいほどの静けさが、いつまでも続くように思われた時、パソコンの画面がパッと切り替わった。
「……修正完了」
画面に表示された言葉を律希が読み上げる。一瞬、その意味を理解するのに時間が空いた。
「……えっ、マジすか?」
和弥が恐る恐る聞き返す。律希は表情を解いてうなずいた。
「えっ、嘘! やったー!」
和弥が両手を上げて叫び、律希は喜ぶ気力も無く、力を抜いて机に倒れ伏す。
「中山部長に言いに行かないと! あっ、香織にも? 篠木さんにもメッセージ送んなきゃじゃん! 後、一ノ先輩、紗奈ちゃんに送っといて下さいよ」
和弥が早口でまくし立てるが、律希は反応しない。
「ちょっ、一ノ先輩? ……あっ、シャットダウンされたのか」
修正作業に費やしたこの67時間、律希はまとまった睡眠をほとんど取っていない。修正が終わってほっとしたせいで、眠ってしまったようだった。
大きめの修正が入る度にそうなってしまう律希を、部長の中山綾乃はいつも「旧型のPC」と言って揶揄う。電源が落ちてしまうと、再起動にはかなりの時間がかかるのだ。
「……ま、先輩のパフォーマンスは旧型じゃないっすけどね」
和弥は今日の修正作業を思い出して呟いた。何時間も極限の集中力を保って、冷静に仕事をこなす律希は、秘かに和弥の憧れだった。もちろん、彼のようになってやろうとまでは到底思えないのだが。
その時、自動ドアが開く音がして、部署の中では最年少の後輩、川野紗奈が飛び込んで来た。
「すみません! 一時間仮眠したら戻る予定だったんですけど、起きられなくて……」
「おっ、紗奈ちゃんいいところに来た! ちょうど今修正、終わったんだよ」
和弥がのんびり言うと、紗奈の表情がパッと輝く。
「本当ですか!? ソフトの最終設定は一ノ瀬さんが?」
紗奈は机に伏せて動かない律希を見て聞いた。
「いや、」と和弥は自慢げに言う。
「今回は俺だよ。全く自信なかったんだけど、一ノ先輩が『大丈夫だから実装しろ』って言うからさー」
「成功したんですよね? さすが和弥先輩!」
「まあ、一ノ先輩がちょっとしたミスは直してくれたんだけどね。俺一人じゃまだ出来ないよ」
紗奈は、それでもすごいです、と笑顔で言う。
「じゃあ、中山さんと篠木さんにも知らせなきゃですね。私、中山さん探してきます。多分対策部に居ると思うので」
「そうなん? じゃあお願いする。俺は香織と篠木さんにメッセージ送っておくね」
紗奈が直ぐに出て行き、部屋はまた静かになる。メッセージを送りながら、和弥は手を上にあげて背伸びをした。
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