104人が本棚に入れています
本棚に追加
＊
時間警察には、2つの中心的な部署が存在する。
一つが、中山綾乃が部長として率いる「修正部」。改変修正の司令塔であるこの部署は、時間警察の精鋭集団で、一般にもドラマや小説の題材として知られた、言わば花形部署である。時空学の高度な専門知識を持つ人材が集まり、比較的規模の大きい修正の対応がその主な業務だ。
もう一つが、中山と同期の片岡涼誠が率いる「対策部」。起きてしまった改変を修正することを目的とする修正部とは対照的に、歴史の改変を未然に防ぐことが主な役割になる。
修正部の1階下、41階フロアが対策部のオフィスだ。川野紗奈は、中山を探して、階段を駆け下がる。
たった1階分なので階段をつかったが、深夜1時の建物内には最低限の明かりしかない。すれ違う人もおらず、社内に残っているのは、今回の修正を担当した修正部のメンバーの他に、そう多くは無いと思われる。少し、不気味な様子だった。
紗奈が角を曲がった時、突然誰かがぶつかって来た。
「あっ、ごめんなさい……！ って、なんだ。紗奈か」
紗奈が顔を上げると、中山が紙の資料ファイルを抱えて立っていた。
「中山部長！ ちょうどよかった。知らせたいことがあって……」
「修正、終わったんでしょう」
要件を察して中山が先回りする。紗奈がはっきりとうなずくと、中山は「よかった」と微笑んだ。
「まあ、終わるとは思ってたわ。結構苦戦してたみたいだけど……最終設定は律希が？」
「和弥先輩らしいです。でも、一ノ瀬さんにも直してもらったって言ってました」
「あら、すごいじゃない。後で確認しとくわ」
そして中山は、少し考えこんでから言った。
「終わったんだったら、律希はシャットダウンされてる？ 起こして帰すのも可哀想だし、再起動するまで寝かせてあげよっか」
「一ノ瀬さんはパソコンじゃないですよ」
紗奈が笑って言うと、中山は肩をすくめた。
「だって、分かりやすいじゃない」
さて、と中山は話を変える。
「紗奈はもう帰っていいわよ。和弥にも、後のことは私がやっておくからって伝えて。みんな疲れてるでしょう？」
しかし、紗奈は返答をためらった。
「中山部長は、後どのくらいここに居るんですか？」
律希や和弥に劣らず、彼女もほとんど休んでいないはずだった。しかし中山は、
「ありがとう、私は大丈夫よ。紗奈は優しいね」
と言う。そして、「お疲れ様」と言って紗奈の肩をとんっと叩いた。
また違うフロアに歩いていく部長の背を、紗奈はしばらく見送る。全く疲れを見せない彼女を、かっこいい、と尊敬しつつも、少し心配してしまう。紗奈に心配されるような人ではないのだろうけど、律希といい中山といい、自分の上司はどうしてこうもすごい人ばかりなのか、と焦りも感じる紗奈だった。
最初のコメントを投稿しよう！