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ノブキは『オグルマ』という国に住んでいた。『オグルマ』は隣国『カイザイ』と十年以上も戦争をしている。幾度となく陸戦を重ねて勝ったり負けたりを繰り返しているが、未だお互いに降伏するには至っていない。しかし両国が疲弊するに従って徐々に状況は変わりつつあった。数に物を言わせた集団戦を得意とする『オグルマ』に対して『カイザイ』は有能な女性を次々と将軍に祭り上げてそのカリスマ性で士気を高めるという少数精鋭戦法だった。戦争が長引き兵士の数が減っていけば戦局は士気の高い方へと傾いていくのが常であり、今は『カイザイ』の方が優勢だった。今後『オグルマ』はどうなるのだろう、ノブキはそう思ったが、すぐにそんな不安は忘れてしまった。ノブキは鍋の芋に竹串を挿し、火を消した。
すいとん、かぼちゃ、芋、シイタケをバランス良くお椀に盛り付け、ゆっくりと出汁を注ぎ入れる。最後に薬味のネギを振りかけると芳しい香りが立ち上った。ノブキは出来栄えに満足した。本当は鶏肉も味噌も使いたいけどじゅうぶん御馳走と言えるレベルだろう、とノブキは思った。ご飯とともにお盆に乗せて、上からきれいな布をかけて外に向かった。外は夏の日差しが照り付けていた。
ノブキの所属する陸軍基地には罪人を磔にする刑場があり、今は女がひとり十字形の角材にロープで結ばれ常設展示されている。ボロボロの衣服と傷だらけの肌さえなかったら十字架にもたれかかる金髪紫眼の異国の貴婦人に見えただろうが、彼女こそは敵国『カイザイ』の前将軍、マリーだった。青銅の鎧を身に着けて昼夜を問わず戦場を駆け、血潮を浴びても眉根一つ動かさず、その姿はもはや人間のそれには見えなくて体が金属でできているのではと畏怖されたほどの人物だったが、『オグルマ』軍の策略にかかり今はこうして囚われの身だ。もうひと月は経過している。しかし彼女は弱音一つ吐かないばかりか鞭で打っても風雨にさらされても射殺すような眼光は未だ少しも衰えていない。『ブロンズ・マリー』とは彼女についた異名だったが、その様子はまさにブロンズ像のようだった。
ノブキはお盆をもって彼女の元へと近づいた。そしてお盆は一旦脇に置き、腰に付けた鎖の鞭を手に取ると力任せにマリーの体に振り付けた。金属のジャラジャラとした音と激しい打撃音が交互に辺りに響き渡った。マリーは顔色一つ変えなかった。じっとノブキを睨んでいる。
十分後、ノブキは鎖を手放して改めてお盆を手に取った。ご飯もすいとんもまだ温かい。匙ですいとんを掬ってマリーの口へと持っていく。マリーは素直にそれを食べた。おいしいか、とノブキは聞いた。
「不味い」
と、マリーは言った。
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