1・逃げる二人

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1・逃げる二人

 はるか太古の日本、弥生時代のこと。  深い木立に隠れるように、若い男女が互いに手を取って、森の中を走っていた。  二人の表情は真剣だった。  青年は精悍な身体つきに、粗末な麻の貫頭衣に裸足だ。黒い髪を束ね、後ろに麻紐でひとつでくくっていた。  若い娘は青い石の首飾りの装身具に、華やかな婚礼衣装を身につけ、木の実を潰した赤い汁で頬や眼尻に化粧をしていた。  水に濡れた黒曜石のような、艷やかな瞳が目を引く。  広大な森に大粒の激しい雨が降っている。雨はブナを中心にした森に叩きつけるような音を立てていた。  秋も近い夏の終わりは午後になってもまだ明るく、日はまだ高い。  二人は後ろを決して振り返らずに必死で走っている。娘はしだいに息を切らしはじめた。 「ズィダ、もうこれ以上走れない!」 「だめだミナハ。ここで村人に見つかったら二人とも殺される」  ズィダと呼ばれた男は声をひそめ、倒れそうな娘を支えた。ミナハは鹿のような俊敏さを持った娘だったが、森を長時間走り続けるのはさすがに難しかった。 「俺は巫女のミナハを穢した。もう村には戻れない」  穢されてないどいない、私は身分の低いズィダに恋をしただけだ。共に生きたいと願っただけだ。  そうミナハは心の中で叫んだが、今は息が上がって声にならない。  体格のいいズィダは森を走ることに慣れていた。迷いなく人の通らない小道を選んで、誰にも会わぬように村から離れてゆく。  二人は必死に走り、互いの手を離さなかった。
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