3・逃走

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 ミナハは申し訳無さそうに目を伏せた。 「ズィダ、私にはなぜ村人たちがお前に辛く当たったのか分かる。彼らは森の民のお前を屈することが出来ないからだ。ズィダの心は澄んでいる。澄んだ水を憎しみで濁すことが、どう暴力をふるっても彼らには出来ないんだ。彼らはそれが怖くて、恐ろしくて、悔しかったんだ」  ズィダははっと娘を見た。  娘の黒曜石の瞳が真っ直ぐに彼を見つめていた。まさに巫女の託宣のようだと、ズィダは感じた。 「それほどお前は強いんだ、ズィダ。その強さに私は惹かれたんだ。私は村人に捕まってもいい。でもお前は村を出て、生きなきゃだめだ」  ミナハの言葉が眩しい輝きになって、ズィダの心を突き刺す。それは痛くない治癒の剣のようだ。心の深い場所の怪我が、癒やされるような気がする。  青年にとっては、生と死は変わりないはずだった。  だのに今は生きたいと思う。特に、目の前のこの娘には生きて笑ってほしいと願う。  ズィダは変わった自分の心が不思議だった。今まで自分にあったのは悟る心ではなくあきらめだったのだろう。ミナハと共に過ごしているうちに、森のさざめきと共に、自分の心の声も息を吹き返した。 「北に向かおう。ミナハ。俺の一族とは別の森の民を探そう。二人でそこで生きるんだ」  そこまで言って青年はふいに言葉を切り、立ち上がった。  いつの間にか八名ほどの村人たちが武器を片手に、川べりにやってきていた。彼らは剣や弓を持ち、こちらを狙っていた。 「ここにいたぞ! 二人を捕まえろ!」
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