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4 不器用な優しさ
体育の授業中、俺は新田とのキスばかり思い出していた。
次が来週とか、待てるかな俺。
悶々としてばかりいたせいか、飛んできたテニスボールを打ち返すタイミングを逃した。
「藤野!」
あれ、この声は。
と思った瞬間、顔面に見事にボールが当たった。
「っ……」
「おい藤野、大丈夫か?」
ダブルスを組んでいた加藤が気遣わしげに声をかけてくる。
「平気。だってこのボール、軟式だから」
心配させないように手を振るが、加藤はぎょっとした顔をする。
「おい藤野、鼻血出てるぞ」
「マジ?」
言われてみれば、鼻先から液体が滴る感覚がある。
「ごめん藤野、俺が保健室に……」
対戦相手をしていたクラスメイトが頭を下げながら近づいてきたが、それを遮るように背後から腕を引かれた。
「俺が連れて行く。お前らは先生に言っといてくれ」
言葉と同時に、タオルを強引に顔に押し当てられた。前が見えないが、この低音は安西だ。
「安西?」
「分かった、頼むわ。ごめんな、藤野。後でジュースでも昼飯でも奢るわ」
「気にしなくていい」
すまなそうにしているクラスメイトに手を振ると、安西に引っ張られながら保健室へ向かう。
「安西、腕痛い」
相変わらず強い握力だ。訴えれば、ようやく力が緩んだ。
「鼻、痛いか?」
前を向いたまま、安西が聞いてくる。珍しく心配してくれているのか、声がどこか柔らかい。
「ちょっとね。だけど多分骨は折れてないから大丈夫」
「そうか」
「心配、してくれてる?」
安堵しているような声にほんのりと温かい気持ちになりながら聞けば、また腕を掴む力が強くなった。
「いたっ」
何も言わないが、調子に乗るなということだろう。
何だよ。怪我人だぞ。
と思うものの、後が怖いので睨みつけるに留めたが、後ろに目がついているように絶妙なタイミングで安西が振り向いた。
「言いたいことがあるなら、遠慮なく言え。我慢されるのは気持ち悪い」
と言いながら口元は笑っているが、目が笑っていない。
「その目が怖い」
正直に言えば、今度はあからさまに睨まれ、デコピンされた。
「ほら!だから言えな……」
文句を言おうとしたが、安西の顔を見て言葉を飲み込む。
安西が、笑っていたからだ。
何度か口元だけで笑うところは見たが、こうやって普通に笑うところは初めて見た。
「そうやって笑うんだ」
もっと笑えばいいのにと続ければ、またデコピンでも飛んでくるだろうか。
僅かに胸に灯った淡い感情は、嬉しい、という気持ちに近かった。
嬉しい?
自分の感情に戸惑ううちに、保健室に着いた。
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