6 絡め取るように

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6 絡め取るように

 新田との過去を思い出せば、突き刺さるような痛みが走ると共に、その突き刺した刃物に塗られた毒があまりに甘美で、何度も味わいたくなる。  そのうえ、新田もその中毒性を理解していて、絶妙な加減で甘さと痛みを与える。  囚われた蝶は自ら離れる気持ちを強く持たない限り離れられない。ただ、離れたいという気持ちがそもそも生まれるかは別として。  新田は去年の4月に化学教師としてこの学校にやって来た。 「初めまして、新田樹です。教師になりたてで右も左も分からないですが、皆さんよろしくお願いします」  新田が挨拶した途端、女子生徒が騒いだのは言うまでもない。  垂れ目に泣きボクロが色っぽく、顔のパーツ全てがバランス良く配置され、すらりとした肢体はモデル顔向けだったからだ。  だが、新田がすごいのは単に見た目が優れているだけではなかった。 「何だよ、女子のやつ騒ぎすぎじゃね?気に入らねー」  と嫉妬していた男子生徒まで、ひと月後には、 「新田せんせー!」  と呆気なく懐いてしまう点だ。  そして、俺もまた新田に惹かれた生徒の一人だった。  授業で一瞬目が合うだけで、その日は一日中舞い上がって他のことが手につかず、授業がない日は何もする気が起きないほどだった。  だが、俺は男で、新田も男で、それも教師と生徒で。当然ながら新田がそういう目で見てくることはない、そのはずだった。  それが崩されたのは、夏休みに入る直前のことだった。  俺は化学の授業で新田の話をしっかり聞いているつもりだったが、思考が新田の目と合わないかどうかなど、別の方向へ走っていたせいか、テストで赤点ギリギリの点数を取った。  やばい、新田先生に怒られる。  と思いながら、新田からテスト結果を受け取り、見上げると、新田はふわりと微笑んだ。 「……?」  疑問に思いつつもその笑顔に見惚れていると、新田は俺に近づき、耳元で囁く。 「放課後に、化学準備室に」 「………」  返事もできずに固まる俺から離れ、新田は次の生徒にテスト結果を渡し始めた。  新田先生に、怒られるのかな。  と思いはするものの、他に新田に呼び出されるような生徒はいなかった気がして、騒ぐ鼓動を持て余しながら目的の場所へ向かった。  扉をノックすれば、 「どうぞ」  という新田の柔らかい声が返ってきて、緊張しながら部屋の中に入ると、新田はすぐさま近づいてきて、扉に鍵をかけた。 「……?せん……んぅ」  それは、いきなり過ぎた。  新田は俺の唇を口付けで塞ぐと、困惑する俺に囁く。 「君はずっと、俺のことを目で誘惑していたね」 「ゆう、わく……?」 「俺が欲しいって、目で訴えてきていた」 「そ、んな……こと」 「俺が欲しいと正直に言ってごらん。藤野は赤点ギリギリだったから夏休み中は特別な課外授業をする。夏休み最終日のテストで満点が取れたら」 「取れ、たら……?」  現実感のなさに半ばぼんやりする俺に近づき、新田はキスするか、しないかの距離で囁く。 「君が欲しいもの、全部あげる」
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