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初めての温泉旅行(1)
「本気だす」宣言をした小沢と、週末に一泊の温泉旅行へ行くことになった。
「そのつもりだから、覚悟してて。」
そんなことを言われて、祐実はそわそわと浮足立ってしまう。旅行の準備にと買い物に出かけ、洋服を見た後、ランジェリーショップに足を踏み入れた。
そういえば、何色が好きなんだろう。セクシー系?それとも、かわいい系・・・?
こんなことを考えながら下着を選ぶなんて、今までなかったかも、と浮かれている自分を笑ってしまう。
小沢は、自分への愛情を惜しみなく表現してくれるから・・・、それに応えたい、と思う。こんな自分がいるなんて、思わなかった。小沢といると、これまでの自分とは違う自分が産まれてくるような感じがする、と祐実は思う。
ふと、胸元から肩の上まで、レース編みのようなブラジャーに目が留まる。
立ち止まって手に取ると、店員が祐実を見つけて、ゆっくり近づいてくる。
「かわいいですよね。これ、肌色のカップがちゃんとついていて、トップはかくしてくれながら、肌が透けて素敵ですよ。」
いつもならもっとシンプルで機能的な、外に透けないようなデザインのものを選ぶ。だけど・・・と、ショーツと揃いで、ブルーを選ぶ。
いつもはTシャツとスウェットで寝るのに、パジャマまで一緒に選んで買ってしまった。
「本気だしていくよ。」
この前の小沢の言葉が頭の中を回る。これまでは、本気じゃなかったってこと・・・?想像して、祐実はぼっと頬が染まる。これまでだって、十分、甘やかされてきた。
小沢と二人で会うようになってから、2か月以上が過ぎている。多分、祐実の心の準備を待ってくれているから、今まで体の関係もなかったのだろうと推測していたのだが。
「体の関係もったら、どうなるんだろう・・・」
幻滅されたりしない?・・・荷物を準備しながら、そんなことを考える。
約束の日の朝、小沢が車で迎えに来てくれた。
「おはよう」
「おはようございます。」
着替えの入ったバッグを後部座席に置き、シートベルトを締めると、小沢が祐実の手を取った。
「よく、眠れた?」
「あ・・・、いろいろと準備してたら、少し遅くなっちゃいました。」
「俺も・・・。しかも、楽しみにしすぎて眠れなかった。遠足の前の日みたいに。」
「・・・私もです。」
小さく同意すると、小沢はにこりと笑って指を絡めた。
「じゃあ、出発。めいっぱい楽しみますか。」
小沢の言葉に、祐実も笑顔になる。
旅行へ行こうと誘われたときに、1泊で行ける距離ということで、小沢がいくつか候補を提示してくれた。そのなかから二人で場所を選んで、プランを考えた。
「祐実は・・・こうやって、行先を考えたりするのは、どう?・・・俺は、こういうプラン考えたりするのは楽しみなタイプなんだけど・・・。」
「私も、好きです。」
祥吾と一緒にいる頃は、ほとんど祐実が計画していた。途中、食べたいものや、行きたいものを聞くことはあったが、店を選んだり、予約したり、行程を考えるのはほとんど祐実がやっていた。
「こうやって・・・一緒に考えられるのも、楽しいですね。行く前も楽しいし、行ってからも楽しめるし・・・。」
「・・・そうだな。」
小沢は嬉しそうに祐実を見た。祐実も微笑む。小沢と一緒にいるようになってから、自分でも自覚できるほど各段に笑顔が増えた。
「欲張りすぎて、疲れすぎないようにしないと。」
「じゃあ、まずはこの商店街巡りだな。」
特急の停まる駅前に、商店街がある。お土産や食べ歩きできそうなおだんご、饅頭の店が並ぶ。
「おいしそうだけど、いま食べちゃうと、お昼ご飯が・・・」
と躊躇う祐実に、
「半分こすればいいじゃないか。・・・この揚げかまぼこ、うまそう。」
そんなふうにお店を散策しながら、2つ、3つと選んで、近くを流れる川沿いのベンチに腰掛ける。
「あったかくておいしい・・・」
「うん、これはうまい。しょっぱいものの後に甘いものを食べると・・・延々と食べてそうだな。」
二人で交換しつつ食べ進めると、あっという間になくなってしまった。小沢がバッグからウェットティッシュを出して、祐実に差し出す。
「あ、ありがとうございます・・・」
「なにか、お土産で買いたいものとか、あった?」
「雑貨屋さんがあったので、少し見たいです。手ぬぐいとか、ハンカチとか。・・・旅行にくると、いつも自分へのお土産に、買ってるんです。」
「なるほど。じゃあ見にいってみようか。」
商店街にもどり、小さな雑貨屋の中に入る。
「雑貨屋さんか。俺一人じゃあ来ないな。」
「そうですか・・・?」
ゆっくりと店のなかを見渡すと、ハンカチがいくつか重ねてディスプレイしてあるコーナーを見つけた。
「見て、これ・・・温泉饅頭の柄ですよ。」
手に取って広げ、小沢に見せる。
「ほんとだ・・・。面白いなあ。」
「初めて見ました。これにします。」
「俺もなにか自分に土産、買おうかな・・・」
小沢も物色しだす。もう一周・・・と視線を動かしたところに、ペアの茶碗が目に入った。
「あれ、これ・・・」
隣にきた小沢が気づく。
「もしかして・・・反対にしたら、富士山になるんじゃない?」
と茶碗の向きを上下逆にすると、富士山に見える。
「おもしろーい。」
「ね。」
ハンカチの会計を済ませて、店をでる。小沢も、なにか買ったようだ。
「祐実は、食器とか見るのも、好き?」
「今は、ほんと実用的なもの最小限しかないですけど。料理してると、こういうお皿がほしいのになー、とかはよく思ってました。」
「お店の盛り付けは食欲をそそるよね。」
「大きいお皿に、ちょっとだけ・・・とか、贅沢な使い方は家ではできないですよね。」
人のために料理をしていたときは、盛り付けもこだわっていた。小さなお皿に少しずついろんな副菜を盛り付けたり、カフェ風にワンプレートで見栄えよくしてみたり。
でも、祥吾は無頓着だった。出された料理はおいしいといって食べてくれたが、五感で食を楽しむ、という観点があまりなかったかもしれない。
「さあ、じゃあ移動して、少し腹ごなししたら、ランチだ。有名なお店だから、ちょっと並ぶだろうけど。」
こうやって、並んででもおいしいものを食べに行こう、と誘われることもなかったかなと思い起こした。
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