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初めての温泉旅行(2)(※)
昼食を終え、噴煙地を見て歩き、宿に着いたのは17時頃だった。
「夕食は、19時だって。食事の前に、ひと風呂浴びるか。」
「賛成!」
荷ほどきをして、入浴道具一式を詰め込んだビニールのバッグを引きずり出す。フロントで選んだ浴衣と、替えの下着、タオルを小さなビニールバッグに詰め込んだ。二人でならんで廊下へ出る。
「ここ、にごり湯でしたよね。楽しみ・・・」
浮かれながら小沢のほうを振り返ると、小沢が近づき、耳元で囁いた。
「貸切の露天風呂もあるんだけど・・・」
祐実は俯いて頬を染める。
「・・・まだ、敷居が高いよね。次の旅行では、一緒に入りたいなあ・・・。」
ふっと微笑んで頬に口づける。口づけらえた頬に手をあてて、小沢を見上げる。動揺しているうちに、大浴場の前まできていた。
「さあ、温泉だ。上がったらココで待ってるから、ゆっくり入っておいで。」
髪と体を洗い、露天風呂へ足を運ぶ。立ち上る湯気から檜の香がする。景色に目を向けると、湖の向こうに、うっすらと富士山が見える。
「いい景色・・・」
湯につかりながら小沢のことを思う。
「たしかに、こんなにいい景色なら、一緒に見たいかも。おしゃべりしながら、温まって・・・」
祐実は、これまで恋人と一緒に入浴したことはなかった。考えることもなかったし、入りたいと言われたこともなかった。
「33にもなって・・・処女か。」
自分で自分に突っ込みをいれながら、湯のなかで一日歩き回った足をマッサージする。
温泉から上がって体を拭き、今日のために選んだ下着を身につける。祐実の体形はどちらかといえば華奢なほうだが、20代のころよりは、やはり肉がついてきたように自覚している。
肌を合わせるなんて、何年振りだろう。まだ、大丈夫かな、と鏡のなかの自分を見る。想像すると、顔が熱くなって、体のなかでぞくりと何かが動くような気がした。
女湯の暖簾をくぐると、小沢がベンチにすわって水を飲んでいた。乾ききっていない髪と、濃紺の浴衣姿に、思わず見惚れてしまう。
「お待たせしました。」
「お、思ったより早かったな。」
そういって立ち上がると、給水器に向かい、祐実の分の紙コップを持って戻ってくる。
「はい、これ、飲める温泉水だって。」
「へえ・・・。」
渡されたコップに口をつける。
「んーーー・・・、特に、特別な味がするってわけでもなさそうですね。」
「だよね。」
祐実が飲み干したカップを受け取り、ゴミ箱に捨てる。
「さ、もうすぐ夕飯だ。行こう。おなかすいてきた。」
小沢が手を出す。祐実が手を添えると、小沢はぎゅっと握って手を引く。こんな些細な事でも、ドキドキしてしまう。
食事処へ行くと、庭の見える窓際の席に案内された。ライトアップされた庭の景色を眺めながら、宿自慢の懐石料理をいただく。食前酒として出された梅酒で祐実の頬がほんのり色付く。その姿に小沢の頬も緩む。
料理は一品一品が手が込んでいて、口に運ぶたびに二人で唸り声をあげた。
「これは、なかなかレベルが高いな・・・。」
「ほんと、おいしい・・・。これは家では真似できないです・・・。」
「美味しいものたべると、再現したくなる?」
「はい、また食べたくなりますもん。」
「じゃあ、また来よう。」
「・・・はい。」
宿の売店で土産を見て、ペットボトルの水を買い、手をつないで部屋へ戻る。部屋の扉を開け、中に入ると、布団が並べて敷かれてあるのがみえて、祐実はドキリとする。
「おおっ・・・、さすが、上げ膳据え膳・・・。」
小沢は端に寄せられたテーブルの上の茶器を使って、お茶を入れる。
「あ、私が・・・」
「いいからいいから、俺が飲みたいんだから。・・・そういえば、明日の天気は大丈夫かな?」
そういわれて、スマホで天気予報を見る。
「大丈夫、晴れるみたいです。降水確率も10%・・・」
目の前に、湯呑が置かれた。ほうじ茶の香りがしてくる。
「ありがとうございます。」
「ん。・・・天気も大丈夫そうか。」
湯呑を片手に、祐実のスマホを覗き込む。祐実も、湯呑を手にとり口をつけた。
「あつ・・・」
「あ、気を付けて。」
小沢は祐実の肩に手を添える。祐実は頷き、湯呑にふうと息を吹きかける。
しばらく黙って茶を飲んでいた小沢は、湯呑を持ったまま立ち上がり、続きの間の椅子に座る。湯呑に口をつけながら、窓の外をじっと眺める。その姿を、祐実が見つめる。視線に気づいた小沢が、祐実を手招きする。
「おいで」
祐実が向かいの椅子に座ろうとすると、
「違う」
と手を引いて、湯呑を置き、祐実を自分の膝の上に乗せる。
「重いですよ・・・」
「全然、重くないよ。」
「なかなか、いい景色だ。」
「はい。」
窓の外に目を向けると、湖畔の建物の明かりが見える。
「朝ご飯は、和定食っていってましたね。7時でしたっけ。明日は、チェックアウトしたらあの遊覧船に乗って、神社に行って・・・」
祐実は、窓の外を見たまま話しを続ける。何か話していないとやりきれなかった。もう、どうやって始めるのかも忘れてしまった。どうすればよいのだろう。
「緊張してるなあ・・・」
小沢が祐実の髪の毛を指でとかす。
「してますよ、それは・・・」
祐実が口ごもる。
「俺も、してるよ。」
「嘘・・・」
全然、余裕なように見える。
「してるさ。・・・幻滅されたらどうしよう、って思って。」
そういいながら、祐実の頬に手を添える。
「そんなこと・・・」
ないです、と言おうとした唇が塞がれる。やさしく、ついばむように唇を食まれる。腰にまわされた手に力が入り、祐実は小沢の浴衣の襟を両手でぎゅっと掴む。
「布団、いこうか」
小沢に手を引かれ、窓に近い布団の上に腰を下ろす。小沢は、部屋の明かりを落として祐実の隣へ戻る。
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