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おうちデート(4)
今度は、祐実の部屋を見てみたい、という小沢が祐実の家に来る。約束をしていた土曜日、急な仕事が入って出勤になってしまい、時間が見えたら連絡すると言われて、先に夕飯の買い物に出かけた。
「何にしよう・・・」
小沢と話した内容を思い返しながら、スーパーの野菜コーナーを回ると、キャベツが安い。
まだ煮込み料理をするには季節的には早いけれど、もし遅くなるかもしれないのなら、煮込んでおいて温めればすぐ食べられるものが都合がよいかもしれない。そう思いついて、ロールキャベツの材料をカゴに入れていく。
玉ねぎと白ワイン、コンソメも家にあるから・・・ひき肉があれば、大丈夫かな。あとは、ホールトマトと、付け合わせは・・・ブロッコリーと卵のサラダにしよう。あとは、キノコのピラフ・・・。
頭のなかで献立を組んで、小沢の喜ぶ顔を思い浮かべる。楽しい。そうだ、こうやって、人の喜ぶ顔を想像して料理するのが好きだったんだ、とひとりでに笑顔になる。
自宅に戻って、下ごしらえを始める。どれも、用意しておけば小沢が来たときにすぐに食べられる。ロールキャベツを作るのも、何年ぶりだろう。この数か月で、「何年振りか」という体験をもう何度しただろうか。祐実は一人でクスリと笑った。
仕込みが終わって時計をみると、もう14時を回っていた。小沢からの連絡はまだ無い。遅い昼ご飯は、簡単にカップ麺で済ませ、一人分のコーヒーを入れて、ソファに体を沈めた。
テレビをつけて、街ブラの番組を見る。おいしそうなパンケーキが映る。
「おいしそう。小沢さんと、行こうかな・・・」
そんな呟きに、我に返る。もう、小沢と出かけることが普通になっている。一人だと、こんなパンケーキも、「おいしそう」で終わっていたのに。二人で行きたい、に変わる。忘れないように、とスマホに店の名前をメモしていると、小沢からメッセージが入った。
「もう少し、かかりそう」
「了解です。」と返す。
そのままソファにもたれていたら、いつのまにか眠ってしまっていたようで、気づくと、部屋のなかが暗くなっていた。
「やだ、寝てた・・・」
スマホをみると、小沢からのメッセージと着信がたくさんはいっていた。
慌ててかけ直すと、すぐに小沢が出た。
「祐実・・・?」
「ごめんなさい、私、うたたねしちゃったみたいで・・・」
「なんだ、そうか・・・。もう、駅にはついてて、コーヒー飲んでる」
「ごめんなさい、待たせちゃってたみたい・・・。すぐ、行きます。」
「ナビしてくれたら、行くよ?」
「ううん、飲み物も買いたいし。駅前のコーヒーショップですよね。今から行きます。10分くらいで着くと思います。」
祐実は炊飯器のスイッチを入れて、スニーカーを履いて飛び出した。
駅までは歩いて15分。急げば10分で着くはずだ。
駅前に着くと、小沢はコーヒーショップからちょうど出てきたところだった。
「ごめんなさい。待たせちゃって・・・」
「そんなに急がなくてよかったのに。走ってくるのが店の中から見えた。」
「えっ・・・。見てました?」
小沢は、見上げた祐実の乱れた髪の毛を指で梳かしながら小さく呟く。
「もしかして、遅くなって怒ってるのかと思った。」
「そんなわけないです、仕事なのに・・・。」
「・・・そう?」
「疲れてるのに、来てくれるだけでも十分です。」
祐実も同じ仕事をしているのだから、緊急対応で時間が読めなくなってしまうことがあることも理解しているつもりだ。祐実の真剣な表情を見て、小沢が微笑み、祐実の肩を抱く。
「・・・早く、二人きりになりたい。」
何をされるか想像してしまい、祐実の頬が赤くなる。
「あ、あの、お腹、すきました?・・・夕飯・・・」
「お腹もすいたけど、祐実も不足してる。祐実を補充したい。仕事の疲れを祐実で癒されたい。」
「あ、ロールキャベツを、作ったので・・・」
「ロールキャベツ・・・?」
小沢が目を輝かす。
「でも、ロールキャベツは、逃げないしね」
「私も、逃げませんからっ・・・」
徒歩で祐実の住むマンションへ向かい、階段を上がって部屋の鍵を開ける。
「狭いですけど・・・」
「懐かしいなあ、この間取り。」
1Kの部屋に、小沢を招きいれる。炊飯器から、ピラフのいい香りが立ち込めている。
「もう少しで、ピラフが炊き上がるので、座っててください。」
小沢にハンガーを差し出し、ロールキャベツの鍋に火をつける。小沢は、ハンガーに上着をかけながら、祐実の部屋をぐるっと見渡す。窓際に置いたベッドと、テレビの前のローテーブル。その脇に一人掛けのソファクッションが置かれている。クローゼットの前に、シンプルなハンガーラックがあり、バッグや上着が数点、かかっている。
「以外と、物が無いもんだね。」
「そうですか・・・?まあ、なるべくクローゼットの中に片づけちゃうようにしているので・・・。」
祐実は、小沢からハンガーを受け取りハンガーラックに掛けた。
小さなテーブルに盛り付けた料理を並べ、手を合わせる。
「いただきまーす。」
小沢は、最初にロールキャベツを口に入れた。
「・・・美味い。」
小沢は顔を綻ばせる。祐実も笑顔になる。
「人のために作ったのは、久しぶりです。」
「俺も、作ってもらったのは、久しぶりだ。」
そういって祐実の手をそっと握る。
「俺のためにって思って作ってくれたんだと思うと、尚更美味い。」
「もう・・・」
祐実ははにかんで俯く。
「また、作ってくれる?」
「はい・・・」
「俺も、負けてられないな。」
「ええっ、勝ち負けですか?」
「いや、祐実を喜ばせたいと思って。」
優しく見つめる小沢と視線が絡んで、じっと見つめてしまう。そのまま抱き着いてしまいそうになって、祐実は慌てて目を逸らす。
「さ、食べましょう。」
小沢は手を離さない。
「あの・・・、食事中なので・・・」
「祐実が、離してほしくなさそうだったから。」
言い当てられて焦る姿を見て、小沢は微笑む。
「ごめんごめん。せっかくの美味しい食事なんだし、冷めるまえに食べよう。」
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