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カミングアウト(2)
「おめでとうございます。」
隣にいる小沢にお酌する。
「ありがとう。」
小沢は笑顔で酌を受ける。部長補佐というのは、一年間、次期部長へ昇格するための準備期間で、来年の昇格が決まっているポストだ、と聞いたことがある。
「安藤さんも、おめでとう。これからも、期待しているよ。」
そういわれ、酌を返される。
「ありがとうございます。頑張ります。」
祐実は緊張しながらグラスを交わす。
これまでは、毎日、近くでなにか話している声が聞こえたり、時々自分に話しかけられることもあって、遠巻きに憧れ、そしてその声を癒しにしていた。プロジェクトの打ち合わせの席で難しい顔をしながら報告を聞いている姿を眺めたり、問題が発生したときの対処策をてきぱきと指示している手腕に感動したり。祐実自身が、指示を受け動くこともあった。そんなときは、小沢の役に立てるのが嬉しかった。しかし、部長補佐となれば、システム部全体を見る立場になる。座席も違うフロアになり、かかわることも減っていく。毎日の癒しが無くなるなあ・・・とおめでたいことなのに少し残念にも思っていた。
人が入れ替わり立ち代わり、3人のところへお酌にくる。少しずつグラスを空けていると、いつもよりもたくさん飲んでしまった。そんなうちにお開きの時間となり、皆で店の外に出る。
二次会に行く人、と声を掛けている同僚がいる。少し飲みすぎたし、今日は帰ろうか、と思っていたところに、背後から小沢に声を掛けられる。
「時間大丈夫なら、行こうよ。昇進祝いだし。」
「あ・・・はい、そう、ですね。」
反射的に答えてしまった。皆が、人の流れに沿って、ゆっくりと歩き出す。小沢が、祐実の隣をゆっくり歩きながら口を開く。
「大丈夫?無理しなくていいけど・・・」
「この時間なら、まだ大丈夫です。」
祐実は時計を見ながら答える。
「それならいいけど・・・」
小沢の隣を歩きながら、祐実は酔いが急激に回りだしたような感覚になる。イケボが、近くで話している。祐実の鼓動が高まっていく。
「・・・安藤さん、前から聞きたかったんだけど。」
「ハイ、なんでしょう?」
小沢の方を見る。小沢も祐実の方を見ている。とっさに、顔を逸らしてしまった。
「酒の席ってことだし、無礼講ってことで本当に正直にいってもらいたいんだけど・・・。俺、なんか・・・失言というか、まずいこととか、したかな。」
「えっ・・・何も。なんでですか。」
驚いて小沢の方をみた。今度は、小沢が目線を逸らしている。
「いつも、すごい固くなってるというか、緊張しているというか・・・あんまり目を合わせてもらえないし・・・。もしかして、面接のとき、怖がらせちゃった?」
ついに、言われてしまった。というか、本人にも伝わっていたのかと祐実は慌てる。面接のときから、祐実は小沢の見た目と雰囲気に好感をもっていた。そして、「声」。入社してから、あの吹き替えそっくりなイイ声に癒されながらも、目の前に立たれるといつも緊張してしまって、仕事以外のことはうまく話せないまま2年が経過していた。
「他のメンツと話すときは、もっと柔らかいというか・・・まあ、上司だから、多少は固くなっちゃうのかもしれないけど・・・。なにか、威圧しちゃってたりするなら・・・」
「あーー、すみません・・・。」
祐実は、酔いに任せて白状した。
「実は、私。小沢さんの声がちょっとタイプで・・・。ドキドキしてしまって、緊張しちゃうんです。すみません。」
さすがに全部は言えない。が、嘘ではない。
「えっ・・・。声・・・?」
不思議そうに祐実を見る。
「はい。いい声って言われたことないですか?」
「そんなこと、初めて言われた。声・・・?」
次の瞬間、ふっと閃いたように小沢がふざけた口調で言う。
「あーー、ありがとう。昇進祝いのリップサービス。」
「違いますって。・・・本当です。あの、私が好きで見てた海外ドラマの吹き替えの声に、似てるんです。あの、「避暑地の恋人」って知りませんか?一時話題になってたんですけど・・・」
祐実は慌てて抗議する。小沢は、そんな祐実を見て少し驚いた顔をしている。
「あ、ごめん、ドラマはほとんど見ないから・・・」
「主人公が一夜の恋をして、その相手と偶然職場で再会して本物の恋になっていく・・・って話なんですけど、その相手役の声に、似てるんです・・・っ」
祐実は一気にまくしたてた。小沢が表情を崩して笑う。
「ははっ・・・。じゃあ、これから安藤さんに頼みたいことがあったら、そのドラマの決め台詞とかいえばいいのかな。」
「やっ・・・ダメです!」
祐実は真っ赤になり、両手で顔を覆う。笑い声も、イイ。いや、そうじゃなくって、決め台詞なんて言われたら、それこそ意識しすぎてしまう。いや、言ってもらいたい気持ちもあるけれど・・・。
ふと気づくと、あとをついて行っていたはずの同僚がいない。
「もしかして、置いていかれた・・・?」
その言葉が、そのドラマで使われていた台詞と同じで、イントネーションもそっくりに発せられていて、祐実はつい興奮してしまった。
「それ・・・っ」
小沢のほうに体を向けたときに、ふらついてしまった。小沢がとっさに腕をとる。祐実は小沢の腕にしがみつく。
「・・・大丈夫?」
一気に動悸が激しくなる。祐実は、お酒のせいなのか、小沢にどきどきしてしまっているのか、わからなくなる。
「結構、飲まされたからな・・・酔い覚まししてから帰ろうか」
小沢は周囲を見渡す。祐実は、このシチュエーションに、この後何が起こるのかと混乱した。
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