元・妻(1)

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元・妻(1)

「祐実、ちょっと、いいか。」  小沢の家で夕食をとり、後片付けを済ませたところで小沢が切り出した。祐実は、小沢に手を引かれソファに腰かけた。 「前に、別れた奥さんから、電話があっただろう。」 「うん。」 「あのあと、メッセージとか着信も何度かあって、ずっと返信もしないでいたんだけど・・・。最近、返事くれないなら、会社まで行く、ってメッセージが来て。どうしようかと思ってたら、会社にいる奥さんの同期から声を掛けられてさ。相談したいことがあるらしいから、話を聞いてやってくれ、って」  祐実は、なるべく無表情で話を聞いていた。小沢からは、どんなふうに見えているだろう。小沢のことは信じているが、正直にいえば、面白くはない。ただ、本当になにか困っているのかもしれないし、自分だって、元夫と連絡を取ることもある・・・と自分に言い聞かせる。 「ちょっと、はっきり言うためにも・・・一度話聞いてみてもいいかな。」 「話くらい・・・私に断らなくても。私だって、元夫とは、ペットのことですけど、連絡はとっているし・・・。」 「せっかく、祐実とラブラブなのに、波風立てるようなことはしたくなかった。」 ラブラブ、と言われて祐実は頬を緩ませ、赤くなる。 「それは、気にならなくはないですけど・・・、話の内容を教えてもらえれば・・・。」 「じゃあ、目の前で話そうか。」 「それは、それで・・・」 「でも、少しも疑われたくない。」 小沢は意志の強い目でじっと祐実を見る。 「わ・・・、わかりました。」 祐実はしぶしぶうなづいた。 「でも、私が電話に出るとかはしないですよ。」 「わかった。」 そういうと、ケータイを取り出して操作し、テーブルの上においた。 「え、今ですか?」 「嫌なことは、早く済ませたほうがいい。」 呼び出し音が響く。会話の内容が私にも聞こえるように、スピーカーにしているのだ。 「や、聞こえなくっていいです・・・」 スピーカーを切ろうと手を伸ばしたときに、呼び出し音が途切れ、女性の声がした。 「はい・・・直哉?」 「ああ。・・・会社の人間にまで手まわしされたら、連絡しないわけにはいかないだろう。」  とっさに、逃げてしまった。背後でやり取りをする声が聞こえる。やっぱり、いつもよりも事務的な声。会社で、部下や上司と話しているときとも違う。祐実に語り掛けるときとは温度が違うのははっきりと分かった。 「少し、相談にのってほしくて・・・」 「なんだ、相談って。」 「ちょっと・・・会って、話がしたいの。」 「電話でいいだろう。」 「会って、話がしたいの。」 電話口で同じやり取りが繰り返される。 「どういった用件だ」 「会ってくれたら、話す。」 「・・・堂々巡りだな。」 「・・・お願い。」 「・・・また、かけ直す。」  はあ、とため息をついて電話を切る。祐実はちらりと振り向いた。 「会えないとできない相談、ってなんだ。」 少し怒った声で小沢が吐き捨てる。祐実は複雑な気持ちで小沢を見る。本来、優しい小沢のことだから、いくら別れたとはいえ、一度は結婚していた相手のことだから、自分と付き合っていなければ今頃は・・・、と推し量る。 「本当は、助けてあげたいと思いながらも、私に気を使っていませんか。」 小沢は、じっと祐実を見る。 「気は使っていないよ。確かに、俺ができることなら、って気持ちはあるけれど、祐実を心配させてまで助ける必要はないと思ってる。」  それは、自分に気を使っているということになるのだけれど・・・と内心思いながら微笑む。心配だけれど、こういう優しい人だから、好きなのだ。  小沢は、難しい顔をしている。祐実は小沢の手をそっと握った。 「私だって、元夫から相談があれば、乗ると思います。もちろん、全部小沢さんに包み隠さず話しますよ?・・・一度、話を聞いてみたらどうですか?」  小沢はしばらく考えて、割り切った表情で口を開いた。 「・・・会うなら、前、祐実を連れてった友達の店。あそこにする。あそこなら、友達も証人になってくれるし・・・。何より、祐実がそばで監視しててくれればいい。」 「監視・・・」 「祐実は、近くの席で待ってて。」 小沢は、祐実の手を握り返す。口調は優しいけれど心許なげな目つきで、祐実は頷くことしかできなかった。
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