元・妻(2)

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元・妻(2)

 あの後、小沢が連絡をとり、金曜の夜、仕事終わりに友人の店で会う約束をした。早めに二人で来店して、軽く食事を済ませると、小沢は祐実の二つ隣の席へ移動して、元妻が来るのを待つ。座席の間はカーテンで仕切られていて、声は聞こえても姿ははっきりとは見えない。   約束をした20時ちょうどに、一人の女性の声がした。 「お待たせ。相変わらずの時間前行動。元気そうね、直哉。」 祐実がドキリとする。 艶っぽい声。小沢から話を聞いたところでは、自分と同い年のようだが、なんとなく、自分よりも色っぽい雰囲気が伝わってくる。 「どういう用件だ。」 相変わらず、小沢の声はよそ行きだ。 「いきなり?・・・一杯くらい、飲ませてよ。」  女性は、席について手を挙げ、席にきた店員に「ジントニック、1つ」とオーダーした。 「だって、そのための時間だろう。悪いけど、録音させてもらう。言った、言わないになるのは困るから。」 そういって、ケータイの録画機能をONにして、テーブルの上に置いた。 「全く・・・。」 女性は、呆れたような声で、背もたれに体を預けた。 「・・・金銭的に、困ってるのか?」  小沢が、少し心配そうな声色になる。 「お金じゃないわよ・・・。お金だったらあなたに頼ったりしない。」 「じゃあ、何だ・・・?健康面で、何かあったのか?・・・いや、でもそれならなおさら実家を頼ればいいことだよな・・・。陽子が、わざわざ俺に相談することって・・・」  きっと、真剣に考えている。祐実は小沢の顔を想像して、少し微笑んだ。店員がやってきて、ジントニックがテーブルの上に置かれた。陽子はグラスを手に取り、カラカラと氷を鳴らしてから一口、二口と口をつけた。 「そういうところも、変わらないのね。人のために・・・」 「ん?なんだって?」 「ううん、なんでもない。」  陽子は再びグラスに口をつける。祐実は胸がもやもやしてくる感覚に襲われた。そうだ、この人は、何年間か、恋人として、夫婦として一緒に過ごして、小沢のことをよく知っている。・・・あんな甘い囁きを受けていたのだろうか、と想像して更にもやもやが広がっていく。 「・・・彼が・・・、浮気してるんじゃないか、って思ってて。」 「彼って・・・。」 「離婚した原因の、彼。結婚はしてないけど、一緒に住んでて。」 「ふーん。それで?」 小沢は自分のグラスに口をつける。 「こうやって、二人で会ってくれることが、お願いだったの。」 「・・・どういうことだ?」 小沢は不思議そうに問いかけた。祐実も、訳がわからなかった。 「私も仕返しに、元旦那と浮気したってわかったら、少しは慌てるんじゃないかと思って。」 小沢は、怒りを通り越して呆れているようだった。 「・・・しょうもないことに俺を巻き込まないでくれ・・・。もう、俺は関係ないんだから、よそでやってくれよ・・・。」 「でも、直哉、まだ独身でしょう?たまには・・・」  陽子が小沢のほうに手を伸ばす。小沢は制止するように手のひらを突き付ける。 「彼女がいる、って電話で話したよな。」 「え、あれ・・・本当だったの?」 「本当だ。」 小沢は立ち上がって、祐実のいる座席へやってきた。固まっている祐実の手を引いて、元いた席へ戻る。 「今、付き合ってる人。今日、変な誤解をされたくないから、そこで待ってもらってたんだ。将来も見据えて、真剣に付き合ってる。だから、邪魔しないでくれ。」  将来も見据えて、という言葉が祐実の心臓をばくんと高鳴らせる。 「あ・・・、ほんとに?」 反射的に、祐実は頷いた。 「私とさっさと電話切るために、適当なこと言ってるんだと思ってた。」 陽子は、本当に驚いているようだった。そして、心底申し訳なさそうに謝った。 「ごめんなさい・・・。本当に付き合ってる人がいたなら、迷惑だったわよね・・・。」 「・・・わかってくれたなら、もう、いいよな。」 そのまま、祐実の手を引いて、店を出る。 「ごめん、次来た時、払うから。」 一声かけると、友人は頷き、店のドアを開けてくれた。
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