元・夫(1)

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元・夫(1)

 12月、祐実の元夫・祥吾からメッセージが入る。  毎年恒例の出張にいくことになり、愛犬を二泊、ペットホテルに預けるのだが、迎えの時間に間にあわないので、迎えにいって、少しの間だけ見ていてもらえないだろうか・・・という依頼だった。もう一泊ホテルをとれば、と言ったのだが、あいにく予約が取れなかったのだという。 直哉に相談すると、 「仕方ないね。」 と渋々ながら了承してくれた。ただし、祥吾が戻り次第すぐに帰宅すること、と念を押された。迎えにいけるようにマンションの場所を教えることも約束した。  祥吾が出張にいく前に、駅で家の鍵と愛犬・チョコのリードを預かった。離婚してからも、こういったやりとりは数回あったが、直哉と付き合うようになってからは初めてのことだった。  ペットホテルは、離婚前からよく使っているところで、迎えにいくとチョコはしっぽを振って喜んでくれた。受け取りのサインをし、祥吾の家・・・婚姻中は、祐実も住んでいた家へ向かう。  マンションへの道を、前はこのスーパーによく寄って帰ったな、ここのコンビニは移転したんだ・・・と少し様変わりした様子を観察しながらチョコと歩いた。  鍵をあけ、祥吾の家に入ってチョコの足を拭き、リビングのドアを開ける。前と変わらず、テレビとソファ、ダイニングテーブルと、チョコのケージが置いてある。  何も、変わっている様子がない。前に来たときは意識していなかったけれど、もう2年以上たつのに、家具の配置も、カーテンも、何も変わっていない。祐実がダイニングテーブルの上に飾った小さな干支の置物も、そのままだ。  あの人は、何事も受け身なのだな、と独りごちた。膝にのるチョコを撫でながら思い起こす。  会社に入社してきて、世話係になったときも、自分からなにか動くことはほとんどなかった。言われた仕事はそつなくこなすが、そこからもう一歩踏み込んで何かを得ようという動きはなかったように思う。  自分とのことも・・・。あのときは、自分の世話焼きの癖が働いて、なんだかこの人は私がいないと・・・と思ってしまったのだ。 「好きかもしれない」 と言われて、 「じゃあ、付き合う?」 といったのは祐実だった。  祥吾の実家に連れていかれて、なんとなく結婚を急かされて、いろいろと準備に奔走したのも祐実だし、跡継ぎを、と言われて妊活に焦っていたのも祐実だった。祐実が、 「そろそろ、排卵日かも。」 と声を掛ければ一緒にベッドに入る。付き合っている間こそ、祥吾のほうからアプローチがあったけれど、結婚してからはぐっと減った。あれで、よく一度は妊娠したものだ・・・と思った。  それが、今は・・・。  直哉との毎日を思い描いて、顔が赤くなる。一晩に求められることが、一度では終わらないことが多々ある。しかも、この間は、嫉妬に駆られたとはいえ自分から・・・。 「ヤキモチなんて・・・焼くことなんて、ないと思ってたよ。・・・チョコ、あなたはヤキモチ焼きだもんねー。」 じゃれてくる愛犬を相手に話しかける。恋愛経験は少ないけれど、付き合った相手とは長い期間一緒にいた。けれど、あんなに激しくもやもやしたことは、これまでにはなかった。 「どうしちゃったのかな、私。」
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