元・夫(2)

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元・夫(2)

 玄関のドアがガチャリと開く音がした。チョコが腕を飛び出して、ドアの前まで走っていって、開くのを待っている。  祥吾がリビングのドアを開けるとチョコがしっぽをめいいっぱいふりながら飛びつく。 「ただいま~、チョコ。」 両手に持った荷物をおいて膝をつき、満面の笑みで愛犬を抱き上げる。祥吾は、チョコを本当にかわいがっているから、預けて出張など行きたくないのだろうな・・・と慮る。今日、祐実に迎えを頼んだのも、少しでもチョコと離れている時間を少なくしたいとの思いからだろう。 「ありがとう、祐実、助かったよ。これ、お土産。」  数個ある荷物のなかから一つ、小さな紙袋を祐実に渡す。祥吾の出張先はいつも決まっている。定期的に、メンテナンスにいっている企業だ。出張のときは、いつも祐実が好きなこのお菓子を買ってきてくれていた。 「ありがとう・・・」 「最後に、ちょっとトラブりそうになって焦った・・・。まあ、うまくいったからこの時間に帰れたんだけど。」 「そういうことも想定して、チョコのホテルも、少し早めに余裕もって予約いれときなよ。」 相変わらずの想定の甘さに、祐実は思わず小言がでる。 「そうなんだけどさ・・・」 祥吾はチョコから視線を外さずにあいまいに返事をする。同意しながらも、きっと直すことはしないのだろう、と祐実は心の中で呆れた。 「じゃあ、私、帰るね。」 「え、もっとゆっくりしていけば・・・」 「チョコのために来たんだし。祥吾が帰ってきたなら、もう大丈夫でしょう。」 祥吾はすねたように言う。 「俺が風邪ひいても、看病はしてくれないけど、チョコのためなら来てくれるんだ。なーー、チョコ。」 チョコに顔を近づけて話しかけるようなポーズをする。確かに、離婚してから、風邪ひいた、と何度かメッセージをもらったことはあった。 「・・・私とあなたは、もう離婚したんだから・・・」 祥吾は、チョコを撫でながらうつむきがちに言う。 「俺、今、親に言われて婚活してて・・・何人か紹介された人に会ったんだけど。」 顔をあげて、祐実を見る。 「やっぱり祐実がいいんだよ。」 「メッセージでも伝えたでしょ。・・・今、付き合っている人がいるの。」 祐実は静かに言い放った。祥吾は祐実のほうを見る。 「本当なの?」 「ほんと。」 祐実はじっと祥吾の目を見た。 「再婚、するの?」 「わからない。・・・バツイチ同士だし。お互いに、もう結婚はこりごりしてるかも。」 目をそらしながら、荷物をまとめる。 「ごめんね、今日も祥吾が戻ったら、長居せずにすぐ帰るようにって、言われてるから。」 チョコを名残惜しそうに撫でて、席を立つ。 「ずいぶん、信用されてないんだね。」 「そうじゃない・・・、心配してくれてるの。」 「心配って、何を?祐実の心が揺れないかどうかの心配をしてるってこと?」  祐実は苛ついて黙る。揺れるって、何に揺れるというのだろう。自分はもう、祥吾に未練など無い。 「祐実・・・。俺は祐実のこと、」 祥吾の言葉を遮るように、続けた。 「私じゃあ、お義母さんのお眼鏡には叶わなかったんだから、別の人を探して。私には、旧家の嫁は、務まらなかった。今度はそういう価値観があう人を探したほうがいいよ。」 祥吾は、黙った。祐実は、少し言い過ぎたかと、そっと息を吐く。 「じゃあね、チョコ。・・・お土産、ありがとう。」 預かった鍵をテーブルの上において、ドアを開けた。 マンションの玄関を出たところで、呼び止められた。 「祐実」 祥吾が、追いかけてきていた。 「どうかした?何か、忘れものしちゃった・・・?」 慌てて自分のバッグの中を覗き込む。 「違う、俺・・・」 祥吾が、祐実の手を掴む。 「やり直したいんだ、祐実。」 祐実が目を瞠る。 「何いって・・・」 「親からも、祐実のこと、守る。もっと、俺が、強く言えばよかったんだ。祐実のこと傷つけて・・・ごめん。」 言葉が出てこない。どう言えばいいのだろうか。そんな言葉は、もっと早く、結婚しているときに、言ってほしかった。ぐっと胸が詰まる。
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