年末年始(1)

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年末年始(1)

 大晦日、祐実は実家のこたつに潜り込んで、みかんを食べていた。 「はー、こたつにみかん、最強だね。」 一人だと、みかんもあまり買わないし、今の家にはこたつもない。 「姉ちゃん、食べてばっかいると太るぞ。」 弟から余計な一言をいわれじろりとにらみつける。 「祐実、それ食べたら、お重に煮物、詰めていってくれる?」 「はーい。」  母から声を掛けられて手を洗い、台所で昨日から下ごしらえをしていたおせち料理を三段重に詰めていく。 母の隣で、父と弟には聞こえないように、小さな声でぼそりと聞いた。 「お母さん・・・、再婚、って、どう思う?」 母は、目を見開いて祐実を見る。 「そんな話があるの!?」 祐実は、声が大きい、と母をたしなめ、小さな声で報告する。 「その・・・、彼氏は、できた。・・・まだ、お父さんには言わないで。」  父には、祥吾との離婚のとき、かなり心配をかけた。祥吾に対して、もっと祐実を守ってほしいとふがいなく思っていたし、結婚するときにもっと見極めればよかったとぼやいていたから、次の相手に対するハードルは、かなり高くなるのではないかと思っている。・・・でも、直哉なら、そのハードルも軽く飛び越えてしまうだろうな、とも思う。  祐実の様子を微笑まし気に横目で眺めながら、母は尋ねる。 「会社の人?」 「うん、この前まで上司だった人で・・・バツイチなんだ。」 母は手を止めて祐実に視線を送る。 「お子さんとか・・・」 「いない、居ないよ。」  その返事を聞いて、母は再び手を動かす。やはり、そういうことが気になるのか、と祐実は父のほうへ視線を移す。父と弟はテレビを見ながら洗濯物を畳んでいて、こちらの会話には気が付いていないようだった。 「いくつの人なの?」 「3つ、年上の人なの。・・・春ごろから、付き合ってる。」 「年上ね・・・まあ、祐実がいいなら。これからまだ先は長いんだし、ずっと一人っていうのも寂しいんじゃない?」 母は料理する手を止めずに言った。 「でも、再婚するなら・・・次は、添い遂げてほしいかな。」 祐実はどきりとする。 「それは、私も・・・そうしたいと思ってる。」 祐実の言葉に、母はにこりと微笑んだ。 「夕飯は、蕎麦でいいのかな。ネギ刻んだ?」 祐実は冷蔵庫のドアを開けながら尋ねた。  元旦、昼ごはんにおせちを食べ、テレビの新春特番をみながらこたつでうとうとしていたところに、直哉からメッセージが入った。 「声が、聞きたい。」 祐実の顔がほころぶ。早速返信のメッセージを送る。 「10分後に、電話してもいい?」 「OK」 すぐに返信が返ってくる。 「ちょっと、コンビニ行ってくる。」 「あ、姉ちゃん、俺コーラ飲みたい。」 「わかった、コーラね。」 祐実は軽く身支度をしてコートを羽織り、財布を手にもって家を出た。 コンビニへの道を歩きながら電話を掛けると、すぐに直哉が出た。 「もしもし」 「祐実?・・・あけましておめでとう。」 「おめでとうございます。」 「今年も、よろしく。」 「よろしくお願いします。」 直哉の背後では、人の声がする。 「ご実家ですか?」 「うん、姉のところの家族がきて、宴会。」 人の声が遠くなる。場所を移動したのだろう。 「祐実は、家?」 「コンビニいくって、出てきちゃいました。」 「寒くないか?」 「コート着てるから、平気です。」 「そうか?俺が電話しようかと思ってたんだけど、お客さんとか来てると邪魔かなと・・・」 そんなやり取りをしている間に、コンビニの前にたどり着く。 「早く、会いたい。」 直哉の声が、電話越しに甘く響く。祐実の顔が綻ぶ。 「明後日には、直哉さんの家行きますよ。」 「うん、そうだけど。」 「何にしますか、夕飯。」 「んー、正月のごちそう料理の後だからな・・・」 「お正月の後といえば、うちはカレーが定番でしたけど。」 「カレー、いいな。しばらく食べてない。・・・よし、前日から煮込んどくか。」 「いいんですか?」 「うん、まかせて。・・・3日は、泊っていくよな。」 「・・・いいんですか。」 「当たりまえだろ。」 直哉の声色が楽しそうだ。顔は見えないけれど、祐実も笑顔になる。 「泊っていかない選択肢なんて、ないでしょ。迎えに行こうか。」  顔が見えていない分、声の破壊力がすごい。つい、泊った夜のことを想像して頬が染まる。  直哉との会話に夢中になりすぎた結果、何も買わずに家の前まで戻ってしまい、頼まれたコーラを買いにコンビニへ引き返すことになった。
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