年末年始(3)

1/1
前へ
/41ページ
次へ

年末年始(3)

 一月半ばの休日に、直哉の実家を訪問した。大通りから入った路地に昔からある家が並ぶ風景は、どこか懐かしい下町情緒を醸し出している。直哉はこういう町で育ったのか、と思いを巡らせる。 「初めまして。安藤 祐実と申します。」 「こんにちは。いつも直哉がお世話になってます。」 「いいえ、こちらこそ・・・」 「まあ、どうぞ座って、ゆったりして」 手土産に買った焼き菓子の包みを差し出す。 「あの、こちらみなさんで召し上がってください。」 「あら、ありがとう。・・・ほんとに、楽にしてて。改まった席ってわけじゃないんだし・・・」 「はい・・・」 とはいっても、少々緊張する。直哉が話しかける。 「祐実、紅茶は平気だよな。」 「はい。」  むしろ、最近はコーヒーよりも紅茶のほうがよかった。このところ、コーヒーを飲むと胃が痛くなってしまうので避けるようにしていた。 「よかった。私、紅茶が好きで・・・。緑茶よりも、紅茶を入れることが多いから。」  そういって、直哉の母が台所からティーポットを持ってくる。それで、直哉に手土産が何がいいかと尋ねたときに、洋菓子のほうがよいかな、と言われたのかと合点がいく。 目の前に置かれたティーカップに、淡いオレンジ色の紅茶が注がれる。 「今日は、飲みやすいようにヌワラエリアにしたの」 「俺は、よく知らないけど・・・」 そういいながらカップを手に取り口をつける。 「たしかに、クセはないかも。前きたときは、もっと香りの強い紅茶だったような・・・」 「ああ、お正月に出したもの?キーマンかしらね。・・・このごろは、茶葉の専門店もよく見かけるから、いろんな茶葉を試してみたくなっちゃって。」 「その気持ち、わかります。私はハーブティーに一時凝ったことがあって。」  妊活をしていた時期だ。カフェインは良くない、と義母から言われ、変わりになにか・・・と目をつけたのがハーブティーだった。ハーブティーにも、妊婦にはよくないものも中にはあるのだが、店員に相談したり、自分で調べたりして集めたことがある。 祥吾は、お茶から花の香りがするのを嫌がったが、祐実は気持ちが安らいで、当時はよく飲んでいた記憶が蘇る。そうか、ハーブティー。また飲んでみようかな・・・と思い返す。 「知らなかった。」 「うん、私も忘れてた。最近は全然飲まなくなっちゃったから」  祐実も紅茶を一口、二口と口に運ぶ。体の中からじんわりと温まっていく。 そういえば、祥吾の実家では、紅茶のことを「お紅茶」なんて呼んでいたっけ・・・とあまり楽しくないことまで思いだしてしまった。 直哉が買ってきたケーキの箱と、とりわけ用の皿をテーブルに持ってくる。 「せっかくだから、食べようよ。」 「ちょっと、せっかくケーキ食べるなら、ケーキ皿があるのに・・・」 と直哉の母が席を立つ。 「チーズケーキでよかったよな?父さんはチョコレート系。」  ケーキを食べながら、直哉の様子を聞かれて祐実は正直に答えていた。会社での頼りになる上司ぶりや、二人でいるときのこまやかな優しさ、料理が上手なところ・・・。直哉が時に間に入ってくれながら、和やかに話が弾み、2時間ほどを直哉の実家で過ごして席を立つ。 「今日は、ありがとうございました。」 「こちらこそ、時間を作ってくれてありがとう。次は、一緒にごはん食べましょう。」 礼をして、帰路についた。 「ありがとう。」 駅に向かう道で直哉が労ってくれる。 「こちらこそ、ありがとうございました。・・・はー、少し、緊張しました。」 「おつかれさま。」 祐実の手をとって、指を絡ませる。 「お義母さん、気さくに話してくださって・・・。紅茶がお好きなんですね。今度、気になった茶葉をお土産に持ってきます。」 「また、来てくれるんだ?」 祐実は頬を赤くする。 「それは・・・、はい。」 直哉は祐実の腰に手を回し、額に軽く口づけた。 「直哉、さん、人が・・・。」 「人がいるから、おでこにしたんだけど。」 祐実は頬を染めて睨むように見上げた。 「もう・・・」 「次は、俺が祐実の実家に行かないとな。・・・祐実の学生の頃の写真とか、見せてもらおう。」 ニッコリと笑う直哉の発言に、祐実も今更ながらに気が付く。 「ああっ、ズルい・・・。私も見せてもらえばよかった・・・!」
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1427人が本棚に入れています
本棚に追加