ハッピー・バレンタイン(4)

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ハッピー・バレンタイン(4)

 食器を片付け、直哉はコーヒーを、祐実はルイボスティーを入れて、チョコレートの箱をもってソファへ向かう。 「まだ、コーヒーはダメなの?」 「うん・・・。まあ、お茶もおいしいから。」 そういってチョコレートの箱を渡す。 「直哉さん、開けてください。いろいろ入ってる箱にしちゃいました。」 赤いチョコレートの箱は、2段重ねになっていて、いろんな形のショコラが詰まっている。 「ほお・・・おいしそうだ。・・・これ、もらっていい?」 そのなかから、アーモンドが入ったものを指さして直哉が問う。 「直哉さんにあげたものだから、好きなの食べてください。」 「でも、祐実も食べるだろ・・・」 「一つ二つはもらいたいですけど・・・直哉さんへのプレゼントですから。毎日、少しずつ食べてください。」 祐実は笑いながら答える。 「んー、じゃあ、いただこうかな。」 手に取って口へ入れる。 「ん-、美味しい。」 直哉の笑顔をみて、祐実はお茶で喉を潤す。 「あの、直哉さん。」 「ん?祐実も食べるか?」 「あ、今は・・・。」 言いにくそうに、直哉を見上げる。 「ん?どうした?」 「あの・・・」 直哉は祐実のほうへ向き直る。祐実は、思い切って口を開いた。 「今日、病院に行ってきたんです・・・」 直哉は一瞬驚いて、次の瞬間険しい顔になる。 「やっぱり、どこか具合が悪いのか?」 「いえ、具合は、悪くないです。」 「でも、さっきもふらついて・・・これから、検査するって話か?」 直哉は、祐実の手を握る。 「検査は、今日、してきたんです。」 祐実は、その上から自分の手を重ねて、握り返した。そうして、ふうと一つ深呼吸をした。 「7週目、だそうです。」 祐実はうつむいたまま、絞り出すように言った。言った瞬間の直哉の反応を見るのが怖かった。  直哉は、何か言おうとして、固まっていた。直哉から何の反応もないので、おそるおそる顔を上げる。 「なな・・・、しゅう、め? 」 ようやく直哉は声を出す。いつもの直哉からは想像できないような、すっとんきょうな声に、祐実は笑ってしまいそうになる。 「・・・はい。・・・赤ちゃんが、できました。」  病院で医師から告げられたときは落ち着いていられたのに、直哉の前で言葉にした瞬間、涙がこみあげてくる。直哉がぎゅっと祐実を抱きしめる。 「・・・私、産んでも、いいですか・・・」 祐実が胸のなかで呟くと、直哉は祐実の両肩をもって顔を覗き込む。 「当たりまえじゃないか・・・。何か、不安?」 「直哉さん、忙しいのに、迷惑じゃないか、って。直哉さんのこと、信じるって思ってても、どこか不安で・・・。」 「そんなこと、あるわけない。」  直哉は少しうるんだ瞳で祐実をじっと見つめながら、手を取ってそっと指に口づける。 「祐実・・・、俺の子ども、産んでくれる?」 「・・・はい。」 目の淵から涙がこぼれる。その涙を、直哉が指でそっとすくう。 「順番が逆になっちゃったけど・・・。祐実にウエディングドレス、着せたい。」 直哉が祐実に優しく口づける。祐実は笑顔でうなづいた。  朝、目を覚ますと、直哉がいない。部屋はもう明るい。時計をみると、もう9時を過ぎていた。ゆっくりと起き上がり、上着を羽織って寝室を出ると、甘い香りがしてくる。 「おはよう。」  直哉が台所に立っている。 「そろそろ、起こしにいこうかと思ってた。朝ごはん、食べられる?」 祐実がうなづくと、テーブルに皿が並べられた。 「あ・・・」 「何回か試作して、うまくできてると思うけど。」  皿の上には、分厚いパンケーキがのっている。直哉は祐実の手を引いて椅子に座らせ、温かい紅茶をカップに注ぐ。  直哉は、コーヒーを片手に祐実をじっと見つめる。祐実は、パンケーキにバターをのせ、シロップを少しかけて口に運ぶ。ふんわりとした口当たりで、あっという間に口のなかで溶けていく。祐実は直哉に笑顔を向ける。 「うん・・・、ふわふわで、おいしいです。」  直哉は、嬉しそうに目を細めた。
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