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溺愛は終わらない
すぐに祐実の実家へ挨拶を済ませ、両家の顔合わせと入籍の日取りを決める。新居探しは後回しで、とりあえず直哉の住んでいる部屋へ荷物を運びこむことにした。
職場の皆は驚きながらも祝福してくれ、直哉は忙しいながらも祐実の体を気遣いなるべく早く帰ってきてくれた。
つわりは、日によって雲泥の差があり、ひどい日はなにも口にできず、一日会社を休んで横になって過ごす日もあった。そんな日は、何か食べられるものはないかと祐実に尋ね、リクエストしたもの以外にも、ゼリーやフルーツ、アイスクリームなどいろいろと見繕って買って帰ってくる。
「祐実、大丈夫?」
「うん・・・、今日は、ちょっと辛かった。」
体を起こそうとする祐実の背中にクッションを差し込んで、買い物袋をあさる。
「少し食べられそう?」
「・・・ゼリー、あるかな。」
差し出されたパウチ型のゼリーに口をつける。
「ちょっと、顔色が良くないな・・・」
「そうかな・・・」
「変わってあげられたらいいんだけど・・・」
直哉は祐実の手をきゅっと握りしめる。
「不謹慎なんだけど・・・、祐実がつわりで苦しんでる姿をみると、俺の子どもを妊娠してるんだ、ってグッとくるものがある。」
祐実はふふ、と笑う。
「それは、私も一緒・・・。私と直哉さんの赤ちゃんがここにいる証だ、って、頑張ってるんだ、って。一緒に乗り越えようって思う。」
「もう、これに関しては、俺はサポートしかできないのがもどかしいよ。」
「十分です。」
直哉が祐実を抱きしめると、祐実は目を閉じて背中に手を回す。
安定期に入ると体調も落ち着き、春の日差しが柔らかく照らす頃、親族とごく親しい友人だけでこじんまりとした式を挙げた。
Aラインのタフタ素材のドレスは、肩を出して背中を編み上げたスタイルで、ウエストにレースとビーズで刺繍が施され、上品な印象を与えている。直哉が、ドレスは買い取りたいからオーダードレスを、というので、気分のいい日にカタログを調べて選んだ。色が真っ白ではなくて、生成りっぽいクリームがかった色なのが、気に入ったポイントの一つだ。
控室でドレス姿の祐実を目にした直哉は、満足気に微笑む。
「きれいだ、祐実・・・」
「直哉さん・・・」
頬を染める祐実の耳元に唇をよせ、そっと囁く。
「・・・このまま、抱きたくなる。」
「またそんな・・・」
「少しだけ、触らせて。」
髪を上げた祐実のうなじから肩のラインを、指でそっとなぞる。
「こんなに、肩だして・・・もっと、隠すデザインにすればよかったかな。」
「も・・・、そこまでです、直哉さん。それ以上は・・・。」
目線で訴える祐実に、直哉は微笑み返す。
「ここから先は、俺だけ見れればいいから、ね。」
ドレスの下、少し目立ち始めたおなかのなかで、もこっ、と内側から押されているような感覚がした。何かと思っておなかの方へ意識を向けると、再び同じような感触がした。
「直哉さん、今・・・、動いてるかも・・・。」
「何・・・っ」
直哉がひざまずいて、祐実のお腹にそっと手を添える。
「あ、いま、このへん・・・左の・・・」
と、胎動を感じるところへ直哉の手を誘導する。
「おお・・・」
感動して二人とも笑みがこぼれる。
「すごいな・・・生命力を感じる。」
直哉が立ち上がって、祐実の腰に手を回し、耳元でそっと囁く。
「祐実、あと一人・・・二人くらい、平気かな。」
「え・・・」
祐実は驚いて直哉を見上げる。
「まだ、産まれてもないのに・・・」
「だって、祐実と俺の子どもだよ。絶対かわいいに決まってる。・・・大変かもしれないけど、楽しいんじゃないかって。」
直哉は意味ありげに微笑みかけ、祐実の背中に手を添える。
「まあ、すぐできるか・・・」
式場のスタッフから、そろそろ時間です、と声を掛けられ、椅子から立ち上がって鏡を覗き込む。祐実は直哉の前髪を少し直して、ブーケを手に取る。
「体調は、大丈夫?」
「はい、平気です。」
祐実が笑顔を向けると、直哉が祐実の手を取る。
「子どもが産まれたら、ちゃんと父親の役割は果たすつもりだけど・・・。父親、母親ってだけじゃなくて、恋人としても、夫婦としても、一緒に楽しんでいきたい。」
祐実は目を潤ませて直哉を見上げる。
「はい。・・・よろしく、お願いします。」
「・・・もっと甘やかしていくから。覚悟してて。妻として、母として、恋人として。軽く3倍・・・ってところかな。」
祐実は俯き、思わず緩んでしまう口元を隠すようにブーケを引き寄せる。
「お、お手柔らかにお願いします・・・。」
「違うね、そこは。」
祐実は直哉の顔を覗き込むように視線を上げた。
「の、望むところです・・・?」
「いいね、それ。・・・手加減しないよ。」
直哉は微笑んで祐実の手を引き寄せ、指先にそっと口づけた。
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