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交際開始(1)
水曜日。仕事を終えて、祐実はファミレスで小沢と向き合って座っていた。目の前には、包み焼きハンバーグの皿がある。何か食べたいものは、と小沢に尋ねられ、このファミレスのハンバーグが食べたい、とリクエストした。
平日の夕飯のピークを少し過ぎた時間帯で、店内は比較的空いていた。
「私、ここのハンバーグ、ちょっと好きなんですよね。」
「たしかに、うまいね。」
「ひとりだと、ファミレスはちょっと抵抗あって・・・。」
祐実はハンバーグをぺろりと平らげて、食後のコーヒーを口に運ぶ。
「そういうものか。俺はもう慣れちゃって、平気だけど・・・」
小沢はコーヒーカップを片手に祐実のほうを見る。
「まあ、これは個人差があるんでしょうけど。せっかく人と食事に来れる機会なんで、ファミレスをリクエストしちゃいました。」
祐実は笑顔を作った。小沢もつられて笑顔になるが、次の瞬間、すっと表情を戻し、頭を下げた。
「・・・あの、この前は、ごめん。」
祐実は、やっぱりそうか、と心のなかで思いながら返事をした。
「大丈夫です、よ。酔ってリップサービスしてもらったって思いますよ。」
小沢に言われた言葉を思い返して応える。小沢は顔を上げる。
「え・・・と、それは俺とは付き合えない、ってこと?」
「ん?だって、今ゴメンって・・・」
「いや、それは、酒の席で口説こうとしたってことで。真剣味がないって言われても仕方なかったかなと思ったから・・・」
祐実は小沢の方をみる。じっと祐実を見つめる小沢と目が合った。
「改めて。俺と、付き合ってほしい。」
祐実の頭のなかで鐘が鳴る。一旦、落ち着こう、と再びコーヒーを一口飲む。苦味を感じる。夢では、無い・・・。
「でも、素の私を知ったら、嫌になりますよ、きっと。会社用の顔しか知らないし・・・。」
とっさに、そんな言葉しか出てこなかった。
「そんなの、お互い様じゃないか。俺のことも、嫌になるかもしれない。ダメだって思ったら、スッパリ振ってくれていいから。この前もいったけど、もし、俺を振ったことで何か仕事上の不利益があったって感じたら、すぐにセクハラ窓口に相談してもらって構わない。」
「そんなこと言って、いいんですか。私が悪い奴で、小沢さんの立場を悪くしてやろうって考えたら・・・」
「そんなことするような人だと思ってたら、最初から口説かないよ。もし万が一、身に覚えのない理不尽なことを言われたら、ちゃんと説明するし、自分の考え方が足りないことでトラブルになっていたんだったら、真摯に反省するよ。・・・これは、真面目に接していく、っていう覚悟だよ。」
小沢は祐実から視線をそらさない。真剣な表情で、嘘のない、まっすぐな気持ちだと祐実に伝わる。伝わるからこそ、どうすればよいのか迷ってしまう。
「じゃあ、自己紹介からしようか。」
小沢は、さっと背筋を伸ばして、座り直す。
「小沢直哉、36歳、システム部部長補佐、バツイチ、趣味はドライブ、酒は楽しく飲める程度、賭け事はしません。タバコも吸いません。よろしくお願いします!」
一気にいって一礼する。
「やだ・・・」
祐実は思わず笑顔になる。
「次は、安藤さんだ。」
祐実も小沢を真似するように、座り直す。
「安藤祐実、33歳、システム部2課主任、バツイチ、趣味は・・・何かな、美味しいものを食べること・・・かな。お酒はたしなむ程度で、賭け事、タバコは私もしません。よろしくお願いします。」
小沢は満足げな笑顔で祐実を見ている。
「自己紹介はしたから、次にもっとお互いを知って、仲良くなろう。そのためにも、デートしたい。」
「・・・あの。引くに引けなくなってませんか・・・?」
祐実が確認する。
「何が?今日は、飲んでないし。安藤さんのこと、口説くって、言ったよね。」
確かに、今日はお酒は飲んでいない。小沢は、有言実行する気のようだ。
「週末、一緒に出掛けよう。どこか、いきたいとこ、ある?」
「え・・・」
「おいしいもの食べることが趣味、っていったよね。なんかうまいもの食べて、買い物でもするか。好きな食べ物は何?」
「え、えーと。そうですね・・・わりとなんでも、おいしいもの食べるのは好きですけど・・・」
祐実は思考を巡らせるが、すぐに思いつかない。
「小沢さんは・・・?小沢さんの好きなものは何ですか?」
「俺?俺は・・・」
ちょっと言い澱む。そして、少し頬を染め、視線を逸らしながら小さく呟く。
「・・・パンケーキ。」
意外な回答と照れた表情に、祐実が驚き笑う。上司なのに、かわいい、と思ってしまった。そして、あのイイ声で、「パンケーキ」。ほんの少し前まで感じていた緊張感は、いつのまにか無くなっていた。
「ふ、ふふ・・・。や、私も好きですよ、パンケーキ。」
「笑ったな・・・。じゃあ、うまいパンケーキ食わせてやるから、覚悟してろ。」
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