交際開始(4)

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交際開始(4)

 前回のデートで一緒に選んだ膝上のショートパンツに、スニーカー。Tシャツの上に長袖のシャツを羽織って、迎えにきた小沢の車の助手席に乗り込む。 「おはよう」  小沢も祐実と同じような格好をしていて、ペアルックみたいだ、と少し笑いそうになってしまう。 「おはようございます。」 「大きな荷物は、後ろに置いて。」 バッグには、穴あきサンダル、タオル、念のための着替え、日焼け止め、帽子。小さな肩かけバッグに、財布とスマホ、ハンカチ。バッグを後ろの座席に置こうと振り返ると、クーラーバッグが置いてあるのが見えた。 「じゃあ、行こうか。」 2時間ほど道を進めると、潮干狩り場の駐車場に着いた。小沢は、トランクから荷物を出し、祐実のバッグを肩にかけ、クーラーバッグを手に持つ。晴れた空を背にして、薄い色のサングラスをかけた姿が新鮮で、眼鏡姿もいいかも・・・と、また見とれてしまう。 「自分のは持ちます」 祐実が声をかけるが、 「帰り、重くなったら頼むよ。」 そういって歩き出す。潮の香りがして、海が見えてくる。 海岸は、レジャーシートを敷いたり、小さなテントを張ったりしている家族連れでそれなりに混雑し始めていた。 「このへんでいいかな。」  少し歩いたあたりで祐実に声をかける。お任せします、と祐実が返事をすると、手際よくテントを広げ、小さなドーム型テントが出来上がる。 「このなかに、荷物置いて。喉渇いてたら、このなかに飲み物入ってるから。」 クーラーバッグを開けると、ペットボトルが数本と、パウチゼリーが入っていた。 「用意周到ですね。」 祐実が感心していると、ペットボトルを一本取り出して、祐実に差し出す。 「念のため、熱中症とかも注意しておかないとね。水分補給はしっかり。」 差し出されたペットボトルを受け取り、口をつける。 「紫外線も強いだろうから・・・日やけ止めとか、大丈夫?」 「はい、しっかり塗ってきました。」 笑いながらバッグから帽子を取り出した。 「潮も引き出してるから、行ってみようか。たくさんとれるといいね。」 はだしになって、羽織っていたシャツを脱ぎ、穴あけサンダルに履き替えて、海に向かう。小沢が軍手をつけ、祐実にも差し出す。 「道具よりも、手で掘ったほうが早いっていうのが持論でね。大きさもよくわかるし。」  小沢は、ごく自然に祐実の手を取った。手を引かれて海のなかに入っていく。軍手越しとはいえ、繋いだ手が少し気恥ずかしい。 「ひゃ、つめた・・・」  思わず声が出る。海に浸かるのは、何年ぶりだろうか。祥吾はアウトドア系は全く興味が無かったから、こういったレジャーには縁がなかった。 ひざあたりまで水に浸かったところで、小沢が手を砂に突っ込む。しばらく漁って、手ごたえがあったのか、祐実のほうに手を見せる。 開いた手のうえに、濡れた砂にまみれたあさりが二つ。 「わ、あった。」 「こっちは小さすぎるから・・・このくらいのサイズ以上なら、持って帰れる。」 2~3センチくらいのサイズの貝をつまんで、網袋へ入れる。 「私も、やってみてもいいですか・・・?」 うずうずと子供のような顔をしていたのかもしれない。祐実の顔を見て、小沢はニコリとうなづく。  足元の海水に手をつける。肘あたりまで水につけながら、砂を掘る。手を熊手のようにして探っているとなにかを見つけた。海水でさらいながら取り上げると、さっき小沢が取ったものと同じくらいのサイズのあさりだった。 「あった・・・!」 「その調子。」 小沢の持っている網袋に入れた。再び、砂の中を探る。久しぶりに、童心に帰ったように夢中になってあさりを探す。 「いっかい休憩しようか。」 と声を掛けられ、テントに戻る。網袋の3分の1程度に貝は集まっていた。 「すっかり夢中になってた・・・」 腰を下ろしてお茶を飲みながら小沢を見る。 「楽しそうでよかった。俺もしっかり夢中になってたよ。」 小沢もペットボトルに口をつける。 「明日、腰が痛くなりそう・・・」 ずっと中腰で砂を掘っていて、すでに腰が痛く、足もがくがくしている。 「それは、間違いないね。」 チョコレート菓子を差し出しながら、小沢が笑う。 「さて、休憩したら、もっかい行く?」 「もちろんです。」 祐実は笑顔でガッツポーズを見せた。 二人分には十分な量の貝を確保して、満足気にテントに戻る。 「やっぱり、酒蒸しかな。」 掘った貝を眺めながら言う。 「いいですね。」 小沢がもう一つ網袋を取り出し、半分に分け、クーラーボックスへ入れると、波打ち際まで戻り、空のペットボトルに海水を入れて戻ってくる。 「何するんですか?それ」 「これで、砂抜きするんだよ。海水濃度の塩水作ってもいいけど」 なるほど、と祐実はまた感心していた。 テントの中に腰かけて、飲み物を飲みながら一息つく。 「そうだ。」 思い出したというように、小沢がじっと祐実のほうを見る。 「名前で呼びたい。・・・祐実のこと。」 「・・・もう、呼んでますけど・・・」 祐実は目を逸らす。 「嫌だったら、言って。」 「・・・嫌じゃ、ないです。」 「よし・・・。」  小沢の顔が近づいてくる。二人ともテントのなかに座っていて、周りからは見えにくくはなっている。が、こんなところで・・・と動揺しながら、キスされるのかも、とうっすらと目を瞑る。 「祐実」 この声で、名前を呼ばれる日が来るなんて、とドキドキする。 「二人分はとれたし、帰るか。」 小沢が片付けを始める。少し拍子抜けしたように祐実は返事をして荷物を片付け始めた。 車に荷物を載せ、小沢がエンジンをかける。 「疲れたでしょ。寝てていいよ。」 「そういうわけには・・・」 祐実は座席に座り直す。 「はは。そういうだろうとは思ったけど・・・無理しなくていいよ。」 途中、うとうとしてしまうことがあって、祐実は恥ずかしかったが、小沢は何も言わなかった。  祐実の家の前に到着すると、祐実の分の貝の袋と塩水のはいったペットボトルをクーラーボックスから取り出し渡してくれた。 「じゃあ、また。」 「ありがとうございました。気を付けて。」 「あさりの料理の報告、待ってるよ。」  去っていく車を見送ると、急に寂しくなる。  小沢とのデートが、楽しい。 1,2度会えば、小沢につまらない、と思われるだろうと思っていたのに。小沢はそんなことは決して言わないし、祐実が見る限り、楽しそうにエスコートしてくれる。さりげなく、「次」を約束してくれる。祐実自身、しっかり自分が楽しんでしまっていて、むしろ次を楽しみにしてしまっている。    次の日の朝、一晩砂抜きしたあさりで何をつくろうか調べていたら、小沢からメッセージが入った。 「美味かった!」 あさりの酒蒸しと、ボンゴレのパスタの写真が添えられている。昨日、夢中で貝を掘っていた小沢の姿を思い出して、自然と笑顔がこぼれた。
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