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過去の話(1)
今日は、仕事終わりに、一緒にご飯を食べに行こう、と約束をしている。
祐実は、新しく買ったワンピースを着て出勤する。
仕事が早くおわった日、用があって駅ビルに寄った時に、ショーウィンドウに飾られたワンピースに目が留まった。ラウンドネックで、袖の部分が異素材のバルーンスリーブになっていて、祐実がいつもは選ばないようなかわいらしいデザインだった。
「かわいい・・・」
立ち止まって見ていると、店員が今日再入荷した人気の新作だとアピールする。試着だけでも、と言われ、店に入ってワンピースに袖を通す。
鏡に映った自分を見る。思っていたよりも、いいかもしれない。
「うん、シルエットもばっちりです。お似合いですよ。色違いもあります・・・」
ワンピース自体、しばらく買っていない。小沢がどんな反応をするだろう、と想像して、ショップの袋を持って家路についた。
「今日の安藤さんの服、かわいいですね。」
打ち合わせ終わりに、同僚に声を掛けられた。
「いつも、パリッとしたパンツスタイルが多いから。やさしい色の洋服も似合いますよ。」
「うん、柔らかい雰囲気で、いいですよ。」
その場にいた別の同僚も同調する。
「そう?・・・ありがと。」
祐実は素直に返す。
「どっか、お出かけですか?」
「うん、ちょっとご飯食べに。」
ニヤリと尋ねられ、祐実はそんなにわかりやすかっただろうか・・・と笑顔を噛み殺しながら答えた。
席に戻るところで、いつも違うフロアにいる小沢が偶然通りかかって、祐実の姿を見つけ、目が合う。ペコリ、と軽く挨拶のお辞儀をすると、にこりと会釈を返してくれた。
退社後、待ち合わせ場所に来るなり、耳元で囁かれた。
「今日の服、似合ってる。・・・すごくかわいい。」
ストレートに褒められて、祐実は頬を染める。
「あ、りがとう・・・ございます。」
小沢が祐実の手を取る。
「会社で見かけたとき、目が離せなくなった・・・。もしかして、俺のためにおしゃれしてくれたり?」
そういわれて、さらに顔が熱くなる。
「やばい。襲いたくなっちゃうんだけど・・・」
小沢は祐実の手を持ち上げ、指先に唇を寄せる。祐実は更に顔を赤くして、小沢のほうを見る。
「いやいや、ダメダメ。今日は、食事。・・・行こうか。」
小沢はふう、と深呼吸して、繋いだ手の指を絡めて歩きだす。
「俺の友達がやってる店があるんだ。ときどき顔出すんだけど、うまい飯だすから、祐実もつれていきたいなってずっと思ってた。」
駅から5分ほど歩いた小さなビルの2階にある店のドアを開けた。5席ほどのカウンター席に、テーブル席が4つ。奥に、もう少し席がありそうだ。
事前に連絡を入れていたのであろう、小沢の友人が奥から現れた。
「いらっしゃい。」
「ちょっと久しぶりかな。俺の友達の岸。岸、こちらが、俺の彼女。」
小沢が祐実の背中に手を添えて紹介する。祐実は笑顔を作って挨拶をする。
「初めまして・・・安藤祐実です。」
「どうも。小沢がお世話になってます。」
背が高く、パリっとした白いシャツにギャルソンエプロンをつけた岸の笑顔は、人受けがよさそうだ。
「ちゃんと、開けといたから」
そういって奥のカップルシートに案内される。高い間仕切りと、薄いカーテンで仕切られ、テーブルの角をはさんで二人が並んで座れる配置で椅子が置かれている。小沢にエスコートされて、祐実は奥の席に腰かける。
「嫌いなものがなければ、飲み物に合わせておすすめでいくつか出させてもらうけど。」
岸がおしぼりを差し出しながら小沢に問いかける。
「祐実、苦手なものとかある?」
ドリンクのメニューを差し出しながら小沢が尋ねると、祐実は首を振る。
「じゃあ、3品ほど出させてもらうね。あとは、こういうものが食べたいっていうのがあったら。」
「じゃあ、飲みながらメニューみて決めよう。まずはお願いしてもいいかな?」
祐実は頷く。
「飲み物は・・・祐実、なにがいい?」
「スパークリングワインがあるみたいなので・・・それが飲みたいです。」
「いいね。俺も同じもの。」
「ハーフボトルがあるから、それで持ってこようか。」
「うん、じゃあ、それで。」
岸が厨房の方へ姿を消す。
「いつも、お任せなんですか・・・?」
「うん、だいたい食の好みも知ってるし、そのときうまいもの出してくれるからね。珍しいもの出してくれたこともあるし。」
スパークリングワインのハーフボトルと、グラスが二つ。料理の皿もテーブルの上に並べられた。岸が、料理の説明をしてくれる。
「左から、生ハムとグレープフルーツのマリネと、鯛のカルパッチョ。ポークリエット。あとから、チーズのリゾットを出すから。他に注文があればその都度。」
「チーズのリゾットが、うまいんだよ・・・。きっと気に入る!」
小沢の様子を見ながら、岸が少し驚いた顔をしている。
「お前・・・今日は、全然顔が違うな。別人みたいだ。」
友人に言われて、小沢はえっと驚く。
「そうか・・・?」
「顔の筋肉が、全部緩みっぱなしだ。」
「・・・それは・・・、仕方ないだろ・・・っ。」
友人に冷やかされて、小沢はやや頬を染めて抵抗する。
「こんなニコニコしてる小沢は見たことないってくらい、レアだ。・・・よっぽど、彼女といるのがうれしいんだな。」
「おま・・・、その辺にしとけ。」
「ははは、お幸せに。」
祐実は恥ずかしくてうつむく。
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