過去の話(2)

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過去の話(2)

「まずは、乾杯。」  注がれたスパークリングワインのグラスを傾ける。はちみつ色の液体に、小さな泡が立ち上る。口に含むと、ふんわりと泡の感触が心地よい。 「・・・前の奥さんとも、来てたんですか。」 なんとなく気になって口にしてしまったことをすぐに後悔したが、小沢は軽く答える。 「そうだね、何回かは。」 祐実は所在なさげに少しずつグラスのワインを口に運ぶ。そんな祐実をみて、小沢が口を開いた。 「今日は、お互いを語る日にしようか。酒のつまみに。」 「・・・いいですよ。」  祐実は姿勢を正してグラスを置いた。小沢は両肘をついて手を組み、わざと真面目な顔をして語り掛ける。 「じゃあ、まずはこれまでの恋愛遍歴を・・・。」 「え、何を聞きたいんですか・・・」 祐実は少し引き気味に身構える。 「やっぱり、何人付き合ったか・・・とかから?」 「いいですけど・・・私は大した話はありませんよ」 小沢はにこりと笑ってグラスを手に取る。 「俺は、初めて彼女ができたのは、中2・・・かな。で、初めてしたのが、高2のとき、その時付き合ってた1つ上の彼女と。」 「え・・・、年上の彼女?・・・なんかやらしい・・・」 祐実は少し上目遣いに小沢を見る。小沢も豪快に笑う。 「だろ?もう、当時は舞い上がっちゃって・・・でも、彼女の卒業と同時に別れて、その後は後輩と付き合った。高校の時の彼女は3人かな・・・。で、大学入って3・・・4人か。社会人になってからは、3人・・・で、元奥さん。と、別れてからは、無し。」 「高校で3人・・・多くないですか・・・」 祐実は自分との違いに気おくれしだす。 「そうかな?・・・祐実は?」 「私は、高校の時は、ゼロです・・・。」 「嘘。」 小沢は冗談ぽく笑う。祐実は真顔で返す。 「ほんとです。初めて彼氏ができたのは大学1年のときで、サークルの先輩と・・・。その人とは5年付き合って・・・。初めては、その人。次に付き合ったのは、元夫。の以上、です。」 「・・・嘘。」 今度は、小沢は目を丸くした。 「ほんとですって。・・・恋愛スキル低くてすみません。」 祐実は一気にグラスを開ける。 「だから、あんまりおもしろい話はないと思います。」 「面白いとかじゃなくって、どういう恋愛をしてきたか、ってところを聞きたいだけだから・・・。」 「小沢さんは、結構人数いますよね。今聞いた感じだと、10人以上はいるような・・・」  祐実はなんだか悔しくなって、ちょっと拗ねたような口調になってしまう。小沢はそんな祐実を嬉しそうに見つめながら、なだめるように答える。 「長続きしてないだけかもしれないけど。」 「なんで、長続きしないんでしょうね?」 「うーん・・・?まあ、振ったり振られたり、どっちのパターンもあったけど・・・。振るときは、俺と二股されてたのがわかったりとか・・・。」 「二股?小沢さんが二股されたりするんですか?」 「あったよ。漫画とかテレビの中だけの話かと思ってたら・・・そんな子が現実にいるんだってびっくりした。」 一瞬、小沢が呆れたような表情を見せた。 「振られたときは・・・まあ、他に好きな人ができたとか、気になる人ができたとか・・・」 「小沢さんより他に好きな人ができるとか・・・あるんですか?」 少し酔いが回ってきた祐実は、つい本音を口にする。自分なら、捕まえたら絶対に離さないのに、と思う。 「あるでしょ、そりゃ。」 小沢は嬉しそうに笑いながら言った。祐実は少しむくれた顔で抗議する。 「なんで、嬉しそうなんですか・・・。」 「いや、ゴメン。ちょっと、祐実が嫉妬してくれてるように見えて・・・」 祐実は図星を突かれ口をつぐんだ。 「・・・で。さっき少し話に出た別れた奥さんのことだけど・・・」 祐実は表情が硬くなってしまう。 「どうする?聞きたくない?」 聞きたいような、聞きたくないような。両方の気持ちがある。だけど、と小沢のほうをじっとみて、答えた。 「聞かせてください。」 小沢は、ふっと笑みを見せて、視線を遠くへ移した。 「入社して自分のいたチームに配属になった後輩で。自分が教育係になったんだ。」 仕事のこと、会社のルール。一年間、横について、教えていく立場だったという。 「まあ、自然と仲良くなるよね。で、3年目・・・同じように、奥さんが教育係になる立場になったとき、俺がさらにその上の指導係みたいになって。それがおわったくらいに、告白されて。そのときは彼女も居なかったから、付き合うようになった。」 話を聞きながら、少しずつワインを口に運んでいると、あっという間にグラスが空になる。空になった祐実のグラスに、小沢がワインを注いだ。 「で、俺が30歳になる年に、結婚したんだ。同期がぽつぽつ結婚しだして、じゃあおれもそろそろかなって。結論からいうと、失敗だったんだけど。」 小沢は、少しせつなそうな目をして笑う。祐実もせつない気持ちになり、黙って見つめる。 「元奥さんは、結婚を機会に会社辞めて専業主婦してた。彼女の希望でね。・・・元奥さんの同期は、今も会社に何人かはいるのかもな。」 小沢もグラスを持って、ワインで喉を潤した。 「で、離婚理由は、相手の浮気。」 祐実は驚く。 「ま、よくある・・・のかな?同窓会に行ったときに、元カレと再会して・・・ってやつだ。まあ、子どももまだいなかったし、別れて終了。」 「どうして、浮気したってわかったんですか。」 「向こうから、好きな人ができたから別れてほしい、って言われたんだよ。」 もう一度、祐実は驚く。 「え・・・。本気になっちゃったってことですか・・・」 「そうなんだろうねえ。あのときはびっくりしたよ。ほんと寝耳に水ってやつだね。夫婦仲も悪くないつもりだったから・・・。夜も、ちゃんと、してたし。」 小沢が、意味深な瞳で祐実のほうを見る。祐実はあわてて視線を逸らす。 「なんか、俺に不満あったのかなって聞いたんだけど。別に、やり直したいってことじゃなくて、今後の自分のためにって意味で。」 小沢は、グラスを手に取る。 「そしたら、私のこと、そんなに好きじゃなかったでしょ、って言われた。」 「・・・ちゃんと、してたのに?」 「うん。・・・でもね、そういわれて、ちょっと考えた。他に好きな人ができた、って言われて、それはショックだったけど・・・ああ、そっか、とも思ったんだよね。じゃあ仕方ないか、って。強烈に取り戻したいとかいう気持ちも起こらなかったし。もしかしたら、試されてたのかもしれないけど・・・図星だったんだろうね。今でもサッパリ、何の未練もない。」
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