2ビット・リサイクル

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2ビット・リサイクル

たった数日の付き合いではあったが、僕は津川善彦を誰よりも知っていた。恐らく、彼本人よりも。「まるで僕よりも 僕のことをわかっている ような そんな変な箱です」とRADWIMPSの歌詞にもある。全くその通りだと、僕も思う。 親とはそんなに仲がよくないこと。ある女の子とよく連絡を取ること。ご飯を食べるときは、全てフォークを使って食べること。好きな作家は伊坂幸太郎であること。たった数日でも四六時中一緒にいるから、その人のおおよそを知ることができる。 一方、そんなことを知る由もない彼は僕を売りに出し、新たなスマートフォンを手に入れて店を後にした。 「あれ」隣のスマートフォンから話かけられた。とても古い型だが、僕と同じカラーで親近感を覚える。 「君、最新機種じゃないか。一体どうしてもうこっち側へ来てしまったんだい」 「色が気に入らなかったみたいで。どうやら、ネットで見ていた色のイメージと違ったんでしょう。数日は使ってくれたんですが、どうしても赤がいいらしくて」 「ほう。なんと」 「しかし、ここであなたのような大先輩にお目にかかれるとは思いませんでした」 「ああ」彼は自慢の孫を語る老人のように目を細めた。 「中古で俺を買ってくれた持ち主が、人一倍物を大事にする人だったんだ。俺用のケースなんて自作だったくらいだ。中古品相手にすごいだろ。その上クッションケースに入れて持ち運んでくれたし、過充電もしないし、とにかく大事にしてくれる人だったからな。ただ、流石に歳を取りすぎた。もう画面が上手く映らなくなってしまって、ここに来たわけさ」 「そうだったんですね」 ここに連れてこられたスマートフォンは、全員が同じ検査を受ける。問題なく動作すると中古品として再販され、不具合が見つかるとリサイクルされる。彼はその年齢と自覚症状からも考えて、ほぼ確実にリサイクルされるだろう。ただ、水没や破損ではなく天寿を全うできた彼を、僕は羨望の眼差しで見つめた。 「君もそんな人に巡り会えるといいな」僕の感情に気づいたのだろう、優しく声をかけてくれた。そんな彼ともっと話したくなった。 「そういえば、中古で買われたっておっしゃってましたけど、その前にも持ち主がいらっしゃったんですか?」 「ああ。子供へのプレゼントで買われたんだ。ただその子供が赤い携帯がいいってごねたから、すぐに売りに出されてしまってな。君と似てるだろう。そういえばその子供、ご飯は全部フォークを使って食べてたんだ。変わってるよな。君の持ち主はどんな人だったんだ?」 検査をクリアした僕は、すぐに梱包されて発送された。どうやら買手はもう決まっていたらしい。僕を待っている人はどんな人なのだろうか。相手を選べないもどかしさはあるが、販売先が再び日本だという事でもう良しとしよう。日本は海外と比べて盗難が少ないから。 家に到着し、開封される。コーヒーの香りがあたりを包む。僕は取り上げられる。その手つきがすごく丁寧だったから、ほっとする。その人は見たこともないケースを僕に取り付けて、そっと机の上に置いた。
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