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マンションの一室で樫野は部屋の中にいた人物に質問をする。
「僕は知人にも自分の家を教えたことがない。合鍵だって誰にも渡していない、親ですら。一体君はどこから入ってきたんだ?」
「そうですね。こちらはそういう職業なんで標的の家に侵入するのはお茶の子さいさいなんですよ」
少女は笑った。
「標的? ヒットマンか何かかな。だとしたら、僕は君に今から殺されるのか」
「そんなことしませんよー。だって樫野先生」
あなたは自ら命を絶とうとしてるじゃないですか。
樫野は少女の言葉に肩を強張らせる。少女は続ける。
「時計の針が十二時、明日になった瞬間そこのロープで首を吊って死のうとしていた」
「……」
「大人気漫画家で名誉もお金も莫大で誰も羨ましがるくらい素敵な人生を謳歌している先生が何故自ら命を絶とうとするのか。私はそれが気になってしょうがなかったのです」
少女からは樫野を殺そうとする殺気は感じられない。ただ純粋に樫野が死ぬ理由を知りたがろうとしている。
好奇心だけを含んだ瞳に樫野は答えることにした。
「僕はどうしても復讐したい奴らがいてね」
「復讐ですか?」
「そう。小学生時代のクラスメイトなんだけど……復讐の理由は単なるいじめだよ。いじめは僕じゃなくて妹が標的にされたんだ。僕の妹はクラスの奴らにいじめられていて、最後は校舎の四階から飛び降りて死んでしまった。でも周囲は妹の死に何の反応もしなかった。まるで何事もなかったかのように妹の自殺は片付けられた」
「それはお気の毒に」
「悔しくて悔しくて、ならば自分も死んでもっと大ごとにして奴らに罪を背負わせようとも考えた。でも、ある経験から僕はそれを先伸ばしにした」
「ある経験ですか?」
「妹が生きていた頃最後の誕生日、十歳の誕生日に国民的スターが亡くなったんだ。新聞の一面がその記事で外を歩いてもその話題でいっぱいで、皆暗い顔をしていた。ふざけるなと思った。今日は妹の誕生日なのに。でも思い知ったんだ。人間、実力のある奴、有名な奴、多くの人に愛されている奴こそが真に価値のある人間だと」
樫野の話を聞くと少女は口元を押さえてふふ、と笑った。
「面白い考えですね。確かにそこらの素人の犯罪よりも芸能人のスキャンダルの方が報道される場合が多い」
「だから僕は誰もが知るような有名で価値のある人間になってやろうと決めた。漫画を描いたのもたまたま絵が得意だっただけだから。すべては僕が誰からも知られる存在になって自殺することによって妹を苦しめた奴らを地獄へ落とすためだった」
用意した遺書には小学生時代妹をいじめてきた奴ら一人一人の名前が書いてある。いじめられた内容も残さずすべて。
明日には自分の遺体が発見されて警察が動き、奴らの地獄が始まる。
夜の十一時四十五分。
明日を迎える十五分前。まさに今から首を吊ろうとしていたのに、振り向くといつの間にか部屋にこの少女がいた。
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