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ポイントマキノの朝
宿営用のテントの中、タイムキーパーが鳴らすベル音と共に、和希と開心は眼を覚ました。
「おはよう、和希くん」
先に寝袋を出た開心の声の方に、和希は目を向けた。
「おはよう、開心」
寝ぼけ眼に応えた和希。ただ、開心の微笑みに釣られ、その口角は少し上がる。
ここは、島外地ポイントマキノ。巨大土人形が現れたりする異界の地だが、少なくとも今朝は平和に始まった。
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着替えを終え外に出た2人は、夜間整備を終えて戻ってきた安岡に挨拶をした。そして、朝の歯磨きを終えると、通信機器用のテントに入った。
広域無線配信担当の和希は、無線通信機器の前に着座する。タブレットを操作し、和希は、狩猟対象となる対象物の数と種別、そして個体サイズのレポートを確認する。斥候ドローンが罠上空で得た得た低解像度の映像で対象物はされているが、ドローンに搭載された解析用のエッジAIは十分にチューニング済で認識精度は90%を超えているということで、レポート内容は仮に正しいものとして受け止めることになっている。
和希の脇では、開心が陣に帰還した斥候ドローンの記録映像を確認している。記録映像は本来的には、管理サーバ側が精密採点をするためのものである。管理サーバのAIは、エッジAIの解析プロセスのログと記録映像とを突き合わせ、解析精度をさらに向上させるためのエッジAI向けのプロセス改善パラメータを生成する。今やAIの先生はAIである。開心の只今の役割は、そうした無味乾燥な記録映像から広報用CGの元となる素材を見出すことにある。
和希は朝の定時連絡として、無線機に向けて発声する。
《こちら、アスキー。こちら、アスキー。ポイントマキノより12月3日の定時連絡です》
アスキーとは、無線通信時の彼のバンドルネームである。通信帯域幅が限られる島外地では、圧縮通信が行われる。送信元が想定通りの相手であることを確認する簡易な方法として今なお肉声のバンドルネームを用いての通信が行われている。マイクに向かい、アスキーと真顔で言うことに、和希はなお若干の恥ずかしさを覚えているが。
彼の発声を受け、通信機のディスプレイ上には送信内容が表示されたていく。
« 罠捕縛状況の定時連絡。野猪につき、B級以上の推定地点、外地200、10 及び 外地220、30。……»
同等の情報が、本日の捕獲担当者のARゴーグルに送付されていく。
狩猟対象となる野猪を確認すると、エッジAIは、120Kg以上のA級、120Kg未満100Kg以上のB級、C級、D級と体重別に分類する。食糧不足下にある市民のための狩猟であり、重い体重の野猪が優先的に対象とされる。
数秒の後、返信があった。
《こちら撲殺ドクロ、ユア。了解した》
《こちら鏖殺ザクロ、コハル。了解した》
和希は苦笑いをした。声の主は、エムデシリ隊員の結愛に、心春。……かつて流行ったキラキラネームというものらしく、中々に愛らしい名前ではあるが、共に柔道着を着ての大外刈りや寝技などが得意そうな強面女子たちである。少しお茶目な成人女子ではあるが、お姉様というよりは鬼姉様とでも呼ぶ方が似合うだろう。制圧警棒を手に携えての野猪狩りに赴く本日はなおのこと。
「これは、元々は撲殺天使……のこと、なんだよね」
と、タブレットに手を開心が首を傾げながら和希に問うた。WEBアーカイブで何か見つけたのだろう。
「そうなのかもしれないが、撲殺も鏖殺もたぶん覚えなくていい日本語だぞ」
と答えた和希は、鬼姉様方への呆れを交え応えた。
「オーケー。それでは僕はお二人に本日のことを連絡するね」
そう言うと、開心は、自身のマイクをオンにして話し出す。
《こちら、ハッピー。本日は先輩方の活動を取材させていただきます。よろしくお願いします》
和希のバンドルネームがカズキの語呂からASCIIと割り当てられたのに対し、開心のバンドルネームは中国語での「開心」の意味がHAPPYであることから付けられたとのこと。既に15歳だがほとんど声変わりがないように思われる開心には似合っている。さておき、授業とインターネットで学習しただけというが、開心の日本語力は見事なもの。
《おお、キラ・ハッピー、声も可愛いのう》
《大事なことだから二回言おう、声も可愛いのう》
マイペースに返してきた鬼姉様方に対し、開心は、生真面目に答える。
《こちら、ハッピー。お二方が狩猟地点に近づきましたら、撮影用ドローンを飛ばします》
お茶目な鬼姉様方がターゲットをロックインするまではしばらくの間がある。
朝ごはんを食べてから、まずは「じみか」の編集会議だ。
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