怒らない町

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 数年前とはいえ当時はまだ社会も今より若干バイオレント、これは世界中どこでも同じで、日本でも年を追うごと暴走族やら学校内暴力は少しずつだけど減っている。  要はまだ、当時はこの町にも怒れる人たちが結構いて、そんな彼らが町の研究所に連れていかれては、エネルギーの取り出しに協力していたのだと。  世界にさきがけるクリーンエネルギーだと、これを使って将来的には我が国のGDPも所得も注目度もぐんぐん、と睨んだ政府からの補助金はじゃぶじゃぶで、この町は一気に豊かになった。そして怒れる人たちには、地方の住民からしたら目玉が飛び出るくらいの礼金が出たらしい。  怒りっぽい人たちはもう、一躍街のスター。それまでの年収の何倍ものお金を得て、高級外車を乗り回す、あるいは町に数軒ある飲み屋では毎夜毎夜の大盤振る舞いをくりかえす。  怒りの感情なんてものは本人にとってタダだから、いくらでも、何度でも発揮できるその個性、それはエネルギーを取り出す研究所にとっても最高のお客さんだし、本人も何度も何度も高額なお金を受け取り続けた。  怒りっぽい人がそうやって社会に必要な存在になってゆくにつれ、色んなことが起こり始めたという。  たとえば、怒りっぽい人だけじゃなく、そんな彼らを効率的に怒らせる人――要は、何でかわからないがうっかり人を怒らせがちな人、も珍重されはじめた。  そんな人に会わせることで、怒りっぽい人からのエネルギーの採取がより早くなり、取れ高も上がったためだ。  それに、怒りっぽい人のイメージも変わった。  ある地元のテレビ局が、研究所の中でエネルギーを取り出されている最中の、怒れる人たちの映像を流した。  特殊なブースの中でチューブやケーブルみたいなものにつながれたその人たちは、特殊な薬剤の副作用で、怒りがマックスに達した時に髪の毛が金髪になって逆立った。まさに怒髪天とはこのことだ。  その外見も実にかっこよかったし、その時に誰かが叫んだ「クリ〇ンのことか」というセリフは流行語にもなった。                ーーー 「すごいですね、じゃあ当時は怒りっぽい住民がまあある程度はいたわけだ。今の町の、すごい穏やかな風景からは想像もできないけど」  旅人はそう口をはさんだ。  すると農民は少し気が重くなった感じで、その続きを話し出す。               ーーー  新しい科学技術がお金の面での大当たりを引き当てたなら、それにはもうスパイがつきものだ。  さっそく、隣の町にもその技術がこっそりと盗まれて、同じような研究所、同じような発展を遂げたというわけらしい。  すると2つの町のライバル意識、関係性はどんどんと悪化して、ついには怒りエネルギーを使った大量破壊兵器が開発されるにいたった。  怒りの感情から取り出したエネルギーを殺傷レーザーに変えるというその兵器は、たしかに超強力ではあったけれど、それに使われる人の負担も半端ではなかった。  その巨大なレーザー砲にはカプセルホテルのような沢山の小部屋が付いていて、そこに怒れる人たちが一人ずつ入れられ、兵器にエネルギーを抜き取られるという仕組み。  兵器の威力は絶大だけど、体への負担が大きすぎて、その小さな部屋から出された時には意識を失うどころか、もう絶命していた人も少なくなかった。  これは殉死だ、ヒーローだともてはやす論調も一部にはあったけれど、そこはそれ、人が死ぬとまでなってくると風向きも変わってくる。少なくとも、表向きは。  それに、兵器のためでない、通常の生活のためのエネルギーを取り出すための怒れる人にも、何度かそれを繰り返すうちに体調に悪い変化があることが分かった。  彼らはだんだんと怒るエネルギーを失って、無口になって、しょんぼりとした人になった。  ある日、一人のジャーナリストが研究所に質問をした。 「怒りっぽい人とか、人を怒らせやすい人とか、とにかく怒りに関係する人たちばかりが巻き込まれるのはどうなんでしょう。ほら、感情だったら他にもある訳で、人をすごく笑わせるコメディアンとか、人をすごく泣かせる話を書く脚本家とか、そういった人たちが引き起こす感情からだってエネルギーを取り出せるんじゃないですか?」  そんな至極まっとうな質問に、研究所は困ったような顔をして何も答えなかった。  他の住民たちも、そんな状況を憂いているようで、実は口をつぐんでいた。  それは、こうやって町から少しずつ怒りっぽい人が消えて行って、いつの間にか彼らの生活は以前よりも快適なものになっていたから。
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