怒らない町

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 始まりはといえば、まあよくあると言えばよくありそうな話であって、少なくとも想像に難いというようなことでは決してないのだった。  旅をしているその男は、普段は皆と同じように勤め人をしているのだけれど、ずっと待ちわびた夏の長期休暇を利用して、アジアのどこだかよく分からない山中の小さな国や街を訪ねて回ることにした。  ただの旅行じゃないぜ、これは旅だぜ、なんなら人生の修行なんだぜと意気も高々に出発したところまでは良かったが、そこは携帯の電波の届かない外国の山の中、そもそも道もしっかりとあるのかないのか分からないようなところ、男はすっかり迷ってしまった。 「や、これは結構真剣に困った。それに、もうすぐ日も暮れそうだ」  世界屈指の安全国であるわれらが日本に彼はいるわけではない。このまま日が暮れれば、もしかしたら山賊などの異国あるあるの輩たちに襲われて死んでしまうかもしれない。  そうじゃなくても、もしも永遠にこの山の中から出れなくなってしまったら、一体俺はどうしたらいいんだろう……  嫌な思いが彼の頭をぐるぐるとひとしきり回り切った、その時だった。  彼の目の前を、地元の農民らしき人が歩いてくるのが見えたのである。  彼は夢中でその農民に駆け寄って、身振り手振りで彼の苦境を必死で伝える。  すると農民は穏やかな笑顔で、ある方角を指さした。  どうやらその方角に進めば、遠からずある小さな町にたどり着くということのようである。  旅人は大仰にお礼を彼に述べたのち、いそいそとその方角に進んでいった。  するとほどなくして、彼の目に、ひとつの小さな町が見えてきたのだった。                 ーーー  そこはまだ開発途上の国、だから知らない山あいの町に警戒心なしでのこのこ入っていくなんて危ない、もしかしたら人食いの習慣があるところかもしれないじゃないか。  少しだけ冷静さを取り戻した旅人は、そう思いながら、恐る恐るとその町に足を踏み入れる。  日暮れ直前の、誰もが慌ただしい時間帯。  簡素な平屋建てが並ぶ街並みを、人々が歩き回っているのが見える。  しかしよく見るとどうだろう、この町の住民の穏やかな笑顔ときたら。  町を行きかう老若男女、誰もが落ち着いた、幸せそうな表情を浮かべているのだ。
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