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番外
『秋』
「すっかり夜が長くなりましたね……」
目を覚ますとすっかり更けてしまった夜の冷たい空気に思わずため息が溢れた。まだ吐息が白ばむほどの寒さではないものの、昼間より随分と冷え込んだ空気で頬がひんやりと冷やされる。それが交わった余韻から熱いくらいに体温の上がった身体には心地良い。
魔族は元々夜行性だ。子供の姿だったニアに合わせて早寝早起きを心掛けていたが、ニアはニーアム様だと知って以来、我が城の活動時間はすっかり元のものに戻っていた。
「魔王様、明日はお出かけしましょう。赤い葉っぱを見に行くんです」
「紅葉か。言っておくがライカ、あれは花のような匂いはしないし果実のように食べられない。美しいものではあるが、お前がわざわざ見に行くほどの価値ではないぞ」
「えっだって人間はあれを見ながらお団子を食べたり、お酒を飲んで楽しむのですよね?」
僕の知識は相変わらず本から得られるものばかりだ。人間の飼育本だけではなく、魔王様の書架にある本もいくらか目を通すようになった。と言っても、人間の扱う文字は多種多様で魔族の僕には読めないものも多くあり、挿絵を見ることが主になっている。内容は想像力で補うものだ。
中途半端な知識から導き出された僕の発言に魔王様──今はニアが少し成長したくらいのサイズだ──はしばらく考え込んでいたが、やがて「花見と混在しているのだな」と答えに辿り着いたようだった。
淫魔のスッカスカな脳味噌にまた新たな単語がインプットされる。
「はなみ」
「その名の通り花を見て愛でることだ。ただ、時期としてはまだ先の話だな。植物は今の時期から冬にかけて枯れ、暖かくなると芽吹き花を咲かせる。そうして咲いた花を愛でるのだ」
「あええ……人間の文化は複雑なのですね……」
「どこがだ」
魔王様は魔族にしては人間寄りの感性をしているが、そういうお方は珍しいものだ。思慮深さや知性の高さは魔力の高さにも直結しているから、それは魔王様たる所以ではあるけれど。
大抵は僕のように人間の不思議な文化に興味はない。魔王様の書架も、この人がいなければ誰も見向きもしないものだろう。
「人間の文化といえば、この時期になると美味しいものが沢山出回るのだと本に書いてありました! 僕が魔王様にとっても美味しいもの作りますからね!」
本に載っていたのは橙色の果物に紫色の芋に緑色をした葉っぱだっただろうか? 葉っぱなんて年中出回っているものと思うのだが、本に載っていたのだから間違いない。
現状娯楽として食事も嗜むニーアム様の舌を唸らせることはまだ叶わず、僕が厨房に立つ度にそっと背後から見守られる生活が続いている。けれど干し肉と葉っぱを煮込んだスープからは着実に進化を遂げていた。
「魚も葉っぱも芋も全部煮込めば問題ないですよね! もう果物は入れないので安心してください!」
ペカペカとした笑顔でそう言えば、魔王様は腹痛を抑えたような表情で「……そうか」とだけ言うのだった。
ところで、この時期になるととてもお腹が空く。日の傾く時間が長引くとそれだけ夜が長くなり、活発になる時間が増えるせいだ。これは魔族全体の特徴でもあるが、淫魔の場合はそれが顕著だった。本来僕たちは人の夢の中に入り込み精気を食らうから、夜の時間が長くなると勝手にお腹の許容量が増えるのだ。食べられるときに食べておけということだろう。人間を餌にして人間を真似た見た目をしているくせに、如何にも野生的な考え方だ。
そんなことを、昼を過ぎてまだ太陽の光が差し込む寝室で魔王様の寝顔を見つめながら考える。
「ま、お、う、さ、ま」
そっと耳元で囁いてみる。何も反応がない。昨晩は夜中の間中本を読んでいたし、その後は明け方まで二人で交じり合っていた。僕が吸い過ぎたせいか今のお姿はニアと呼べるほどまで縮んでしまっているが、美味しそうな魔力の香りは健在である。
空腹で目が覚めてしまったからって寝込みを襲うなんて、配下失格だ。
「でも、伴侶としてなら許してくれるかもしれない。きっと許してくださる。きっとそう」
快楽に弱い淫魔の思考は僕の行動を大胆にしていく。目の前に美味しいお肉がぶら下げられた肉食獣のような、本物のお菓子の家を前にした子供のような気持ちで唇に舌を這わせる。舌先に感じる唾液の水気は脳を痺れさせる甘美な味だ。
無防備に眠り半開きになった口腔へと易々と侵入し、小さく薄い舌に必死になってむしゃぶりつく。唾液を飲み下しながら自身のものも狭い口内に垂らすと、心なしか僅かな魔力に喜んだニアの身体が成長しているようだった。
「んっふ、はあ……っ」
荒くなる呼吸を抑えられない。昂る気持ちは身体のわかりやすい箇所に現れて、それを未だ眠り続ける人形のような子供の身体に押し付ける。ぐりぐりと押し潰すように腰をグラインドさせると、気持ち良さで一人でに涙が出てくる。呼応するように衣服の中も濡れていくのを感じた。
「ふあ、んんっ、にあ、ニアあ……っ」
「──夜まで待てず一人遊びか?」
「ッ!」
高い子供の声が聞こえる。慌てて閉じていた目を開け身体を起こそうとすると、頭の後ろに回された手がそれを拒んだ。蹂躙していた側から今度は甚振られる側へと立場を変え、舌の根までしゃぶり尽くされる。激しい水音に耳を犯されている心地だ。
「随分淫乱に育ったものだ……出会った頃はここまで淫魔として成熟してなかったはずだが」
「はう……に、にーあむさまのおかげですぅ……」
すっかり腰砕けになった身体は自分よりうんと小さな子供の上へと倒れ込んだが、ニアはそれを易々と転がして僕の上にまたがった。
「俺の眠りを妨げてまで紅葉を見に行きたかったのか」
「ちがぁ、ちがいますぅ……」
「では自信のある料理が出来上がったか? 健気なお前なら作り立てを食べさせたいと言うだろう」
「そうではなくてぇ」
ふにゃんふにゃんに溶けた頭が言うことを聞かない。お腹が空いたと、早く雌にされたいと身体が叫ぶ。もうそれ以外のことは考えられなかった。
僕のわかりやすい視線を受けて魔王様は楽しげに笑う。
「折角目を覚ましたのだ。ライカの望む通りこのまま紅葉を見に出掛けるか」
「いやです、いじわるしないでくださいませ……」
「意地悪か、そうか」
元々魔王様は淫魔の僕ですら記憶を飛ばすようなどろっどろに交わるのがお好きな方だったけれど、ニアの姿を取るようになって嗜好が変わったようだった。
昨晩もベッドの上で散々やらされたような焦らされる受け答えに昂った脳が余計思考を溶かす。
結局まだ高い位置にあった太陽が沈み、もう一度同じ位置に昇るまで僕たちはお互いを離さなかった。
ベッドの中で汗をかいた魔王様が「人間は今のように過ごしやすい気候では運動に励むものらしい」などと言うものだから流石におじさんくさいなと思ってしまったのは内緒だ。
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