サイレント・ブルー

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***  十分な時間がない中でも、伝えたい人には最低限の別れの挨拶だけは行いたいと思い、少しずつ挨拶していくことにする。と言っても、片思いの相手である相馬(そうま)くんを含む仲良しの友だちたちの志望校も北高なので、数ヶ月ほど我慢すれば再会できる可能もある訳で……。その可能性を心の拠り所にして、粛々と突然の別れを無理やり納得させる他なかった。 「高橋(たかはし)、転校するらしいな」 「あー……。相馬くん、先に聞いたんだね」  何かとバタバタしつつ、突入した昼休み。  相馬くんの方から転校の話題を振られ、思わず苦笑いをしてしまう。そんな私の複雑な表情を目の当たりにした相馬くんは、どうやら勘違いをしてしまったらしい。 「あ、悪い。俺から言ったらマズかったか? こんなデリケートなこと」  すぐに相手の気持ちを配慮し、細やかな気遣いを述べる相馬くんの優しさは、今日も健在のようだ。相馬くんの気配りに癒されていたし、相馬くんの優しさにときめいていた。最後の最後まで、変わらない相馬くんらしさに触れて、思わず笑みが浮かんでくる。私が好きだった人の大好きな反応に、胸がいっぱいになってくる。 「それは、別に問題ないよ。ただ」 「?」 「黙ってたみたいで、感じ悪かったかなと思って。ごめんね」  とどのつまりが、そういうこと。  大好きな相手だったから、私から伝えたかった。伝えるほどにもない相手だと相馬くんのことを思っていると勘違いされたくないと願ってしまった。だからこそ、咄嗟に弁明していた。相馬くんに誤解されたまま転校することだけは、何としても避けたかったからだ。 「あー、そういうこと! それは気にしなくていいから。伝える相手も多いだろうし、待ってなかったのは俺の我儘だし。第一、いつ決まったんだ? 転校すること」 「えーと、昨日……知った」 「そりゃあ、無理だよ! 席、だってクラス内でも離れてる方だし。今日は授業が延びてる教科が多くて、ほぼ休憩ないような状態だし。朝は俺が遅刻ギリギリだったし。ってことで、高橋が気にやむ点は一切ない! オッケー?」 「……オッ、オッケー」 「そういうこと。高橋は無駄に気ぃ遣いすぎ! そんなこと気にしなくていいからさ、少なくとも俺にはさ」  そう言って、優しいまなざしを私に向けてくれる。その視線に心臓が跳ねる。  相馬くんは、気遣い上手だ。そして、相馬くんは優しい人だ。  だからこそ、相馬くんにとって、この行動に深い意味はないはずだ。 「ありがと!」  なるべく軽い口調で、お礼を述べる。  神妙にならないように、こちらの動揺が伝わらないように、出来るだけ平静を装って、あっけらかんとした声を響かせる。 「最後までよろしくね! そして、北高に合格したらまた会おうね!」 「あぁ、そうだな。というか、お互いに北高に合格しなくちゃ、まず話にならないな」 「うわああああああ! 微妙に不安な未来が見え隠れする会話を持ってくるなんて、なんて心臓に悪いのー」 「ん? そこまで言うほどか? お互い、合格すればいいだけの話だろ」  かなり優秀な成績を誇る相馬くんに言われるからこそ、心に刺さるものがあったのだ。絶対に再会したいと願っている相手に言われたからこそ、苦しいものがあったのだ。  私自身、そこまで合格が危ぶまれるほど悪い成績ではない。それでも、内申書より実力重視の学校で、本番に実力をすべて発揮できるか不安にならないはずがない。だからこそ、微妙な返答しかできない自分もいる訳で……。 「……まぁ、そうなんだけどさ」 「確かに。気を抜かないように、気が引き締まる未来をチラ見せしたことに関して、否定しないが」 「うわああああああ……。悪趣味すぎる……」 「でもさ、高橋には絶対に合格して欲しいと思ったからさ」 「…………」 「がんばろうぜ。んで、また絶対に会おうな! 約束だぞ!」  相変わらず、相馬くんはズルい。  こんなことを笑顔で言われて、何も考えないでいるなんて無理すぎる。火照りそうになる頬を無理やり押さえ込み、相馬くんに相槌を打つだけで精一杯の私にとっては、かなり破壊力のあるフレーズと言えるだろう。  とはいえ、相馬くんのおかげで一番にウエイトを置くべきことが明確になった。  まずは北高に合格しなくては話にならない訳で、とにかく受験勉強を頑張ることに焦点を合わせるなら、転校に付随する悩みも必要以上に考え込むことを防げるだろう。  これが永遠の別れという訳ではない。高校という次のステージで、また再会するチャンスだってある。ただただ、みんなより一足先に卒業しただけ……。  そう自分に言い聞かせ、しんみりとした空気にならないように、残りの日々も明るく振る舞い続け、笑顔で締め括ると心に誓い、過ごしていった。それは楽しかった思い出が、湿っぽい別れのインパクトで打ち消されてしまうことを避けたいと願ったからでもあった。
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