サイレント・ブルー

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***  学校関係の手続きもクラスメイトとの別れも無事に終了し、引っ越しの準備も佳境に入る。  金曜日に最後の登校。そして、今週末には新居に引っ越し予定……と、目まぐるしい環境の変化に、さすがの私もセンチメンタルな気分になってくる。その瞬間、クラスのみんなにもらったUSBメモリの存在が不意に頭に浮かんでくる。  引っ越しの山場ともいえる状況で、一番忙しい状態であることも分かっている。だけど、『今』USBメモリの中を見たいと強く願ってしまっていた。引っ越しまでのカウントダウンは刻一刻と迫っている。そんな折、USBメモリの中身を悠長に見ている暇なんてないことは理解している。時間が足りないと慌てふためく修羅場な環境で、USBメモリの閲覧に時間を割くことが、どれほど無謀なことかも把握している。  それでも、みんなとの思い出が詰まっている地域にいる瞬間に、思い出を共有したい衝動に駆られて、餞別として渡されたUSBメモリをパソコンに接続する。 「懐かしいなあ……」  渡されたUSBメモリには、懐かしい写真がたくさん入っていた。中学生という多感な時を一緒に過ごしたみんなとの色褪せない思い出の数々を見ていると、急に過去になった現実に胸が締め付けられる。二度とその輪の中に入れない事実が重くのし掛かってくる。無心にデータをクリックし続ける私の顔は、きっと言葉で表現しづらい面持ちをしていることだろう。  夢の終わりを考えず、楽しみたい。そう願ったところで、現実は容赦ない。  撮影日がファイル名に採用されているため、ファイル名のナンバーから否が応でも終わりが近いことに気付いてしまう。  楽しかったこと。辛かったこと。片思いしていた相馬くんの発言に、一喜一憂していたこと……。色んな思い出に心を揺さぶられている中、最後に行き着いたデータの前で手が止まる。何故ならば、撮影日がファイル名になっていないどころか、ファイルの拡張子さえも他のデータと異なっていたからだ。 「え? これ……って、動画なの?」  ファイル名に始まり、ファイルの拡張子さえ異色な存在のデータのファイル名は【skdtt_argt.mp4】。ファイルの拡張子の通り保存できてるなら、動画のデータが見れるはずだ。  当たり前だが、卒業アルバムのために集めるデータは全て静止画で、動画データは募集対象外になっていた。ならば、この動画って……? そんなことを思いつつ、【skdtt_argt.mp4】という名のデータを開いてみる。  開いたデータは、予想通り動画ファイルだった。  まず初めに相馬くんの名前が画面に映る。どうやら相馬くんが自撮りして、相馬くんが付けている名札を映して込んでいたみたいだ。そして、移動を開始した相馬くんは自分の足元を映しながら、語り始める。 『一年生の時、ここの栗が豊作だって気付いてから、毎年ここにみんなで取りに来てたよね。で、みんなで持ち帰ってさ。栗ばっか焼いたの。それから、急速に仲良くなったよね』  中学校の裏にある栗の木に向かっていた相馬くんが、不意に落ちていた栗を拾いあげる。そして、自らの顔にカメラを向け、にっこりと笑みを浮かべつつ、ハッキリした口調で語っていく。 『楽しい思い出。覚えてる? 高橋さん、          』  彼が私の名前で呼びかけた瞬間。音が途切れて、無音になる。そして、無音の状態で動画は終了していた。
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