サイレント・ブルー

6/7
前へ
/7ページ
次へ
***  明らかに、私の名前を呼びかけた後も彼は何か伝えようとしていた。  たぶん、口の動きから9文字の言葉……なのだと思う。 「…………くりばっか やいたの?」  相馬くんが述べてた通り、一年生の時に中学校の裏にある栗の木がたわわに実ることに気付いて、クラスのみんなを巻き込んだ栗拾いからの焼き栗パーティーを先生抜きで開催したことがある。その際、確かに色んな人たちとの仲が一気に縮まったのは間違いないし、結束力や団結力が急速に強化したことは紛れもない事実だと思っている。だけど、私と相馬くんが仲良くなったキッカケのイベントだったかと言うと、私には特別そうとは思えなかった。だからこそ、わざわざ栗ばかり焼いていた思い出をチョイスし敢えて語った意味も解らず、相馬くんの動画の意図が未だ掴めない。とはいえ、確かに相馬くんの口の形を母音で拾うと『ういあっあ、あいあお』になっている訳で……。 「栗ばっか焼いた思い出をわざわざ暗示させる場所で撮影している訳だし、前半にもそれに言及したコメントも入れてるし……」  途中で切れてしまっている謎に包まれた相馬くんからの楽しい思い出を巡るメッセージは【くりばっか やいたの】だったと、無理やり納得することにする。不可解な気持ちが、未だ燻り続けてはいた。だが、時間がない中で、闇に包まれた真相を悩み続ける余裕もない。きっと相応しい時期がくれば、解せない動画ファイルの謎を制作者である相馬くん本人に尋ねる機会も、いつか巡ってくることだろう。そんな未来への期待を込めつつ、開いていた動画ファイルを静かに閉じる。  動画ファイルを閉じた瞬間。USBメモリに入っていたデータのファイル名一覧が再び前面に現れ、私の心臓が大きく大きく飛び跳ねる。一度は見ていたはずの動画ファイル名も、再び目にするとまた違って見えるてくるものがある。全てのデータをチェックしたからこそ、理解できることとも言えるだろう。  全ては【skdtt_argt.mp4】というファイルありきのメッセージだった。仲間はずれのファイル名の役割を把握し、相馬くんが伝えたかった真のメッセージに気付いたからこそ、私の心臓が大きく大きく飛び跳ねたのだ。  恐らく、相馬くんがUSBメモリを担任に預ける際、担任にデータをチェックされても不自然さを悟らせないために、動画のラストを敢えてサイレントにして撮影したのだ。そして、万が一この動画ファイルに担任が気付いたとしても、アルバム用データと紛れても不思議ないと認識される、違和感を生じさせない動画ファイルに仕上げたのだろう。  全ては融通の利くタイプの担任だからこそ『この動画なら入れたままで、むしろ喜ばれるだろう』と判断され、相馬くんの狙い通りに首尾よくまとまったのだ。 「最後まで、相馬くんは相馬くんだ……」  責任感が強くて、他人に迷惑かけることを良しとしない相馬くん。だけど、ただただお堅いだけではない相馬くん。相手へのユーモアと気遣いは、絶対に忘れない優しい優しい相馬くん。そんな相馬くんらしいメッセージの伝え方に触れてしまって、溢れてくる思いがある。  相馬くんに、私の声が聞こえるはずがない。  そんなことは知っている。それでも、呟かずにはいられなかった。だって、相馬くんが私に伝えてくれたメッセージは、私が相馬くんに伝えたかったメッセージでもあったのだから。 「私だって、相馬くんのこと……すきだった ありがと」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加