0人が本棚に入れています
本棚に追加
おれは男に掴みかかりそうな勢いで怒鳴る。
「なにわけわかんないこと言ってんだ。そんなうさんくさいものなんか、信じられるか」
だが、あの女の家族でも彼氏でもない赤の他人が家に居座って、部屋には物を荒らした形跡もない。となると、泥棒でもないことは確かだ。
消去法でいっても、こいつが『やり返し代行』の人間だと思うしかないようだ。
だが、なぜ?
「なんで壁ドンドンしてたんだ」
「やり返しをしていたんですよ」
考えたら分かるでしょう、と男。
「そーじゃなくて!」
おれは男を見る目に力を入れる。
「なんでおれがされなきゃいけねえんだよ」
男は動じない様子で、ですから、と言い、
「あなたがここの方になさったことを、やり返したんですってば」
ぶちっ、と頭の中でなにかが切れた音がした。
「ふざけんな!」次の瞬間、おれは男のワイシャツの襟元を掴んでいた。
「くそ、女はどこだ? こんな姑息なマネしやがって」
「こちらが用意した宿に泊まっていただいております。他の住民の方にもご協力いただいておりますので、彼らも一緒に」
胸ぐらを掴まれたまま、男は状況と合わなさすぎるぐらい穏やかに、
「なお、場所はお教えできません。彼女らの安全を考慮すれば、当然のことですが」
神経を逆撫でするようなことを言う。
「なんでおればっかり悪く言われるんだよ!」
男を揺さぶりながら、おれはもう、叫んでいた。
「元々は向こうがうるさかったから!」
おれは悪くない。お互い様だ。
「あの方には、ふつうに生活していただけだとお聞きしておりますが?」
男はあくまで冷静だ。
「いいや、夜中にくっちゃべってたり、こっちの壁を叩いたりしてたよ」
「そんな大声でしゃべってらっしゃったのですか? 壁だって、叩いたのではなく、たんに手や足が当たったりしただけなのではないですか?」
「それは……」
言葉に詰まった。同時に、男を掴んでいる力が弱くなる。
「でも、迷惑してたんだぜ」
「どの口がおっしゃるのですか」
苦し紛れの反論は、ピシャリとはねつけられた。
全く怒気はなく、穏やかな口調だったが、男のセリフには迫力が感じられた。
おれは押し黙る。
「ならなぜ、管理会社や警察に言わなかったのですか。ここの住民の方のように」
おれは、なにも答えられない。
「あなたにとって重要だったのは、あの方が静かになること、よりも、壁に拳を打ちつけることで、あの方が萎縮することだったから。違いますか?」
静かに、だが罪を糾弾するように、男は問う。
「知ったように言いやがって」
おれは吐き捨てるように言った。
「だが、ちょっとばかし、言い訳させてくれよ。おれ、元からこんなんじゃないんだぜ」
最初のコメントを投稿しよう!