アンガーハイヒール

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 あいつを怒らせてはいけない。 18年余りの人生において、このウワサを聞かない日はなかった。 あいつというのは、無論わたしのことである。  自身の特異体質が発現したのは8歳のことだった。普段温厚で滅多に怒らない私が初めて怒り心頭したのは、小学校の休み時間に同じクラスの健太君にクラス共用のクレヨンを独り占めされたときだった。  「クレヨンを返せ!」 自分のものでもないクレヨンを取り返すために人生で初めて大声をあげた。そうしたら、ガキ大将の健太君はひどく驚いた顔でクレヨンをこちらに差し出した。  なんだ。意外と聞き分けがいいじゃあないか。当時はその程度に思っていた。しかし、その日から健太君は私を明らかに避けるようになった。それも無視や拒絶ではなく、まるで危ないものには近寄らないといった意思が感じられた。そのことを本人に直接問いただすと、こう答えた。 「お前はあのときでかくてこわかった。」  どうやら私は感情が高ぶる、とりわけ「怒り」によって身長が伸びるらしい。具体的には30cmほど。このおかしな体質はその後の人生においてもなくなることはなかった。現在、18歳になった私の身長は180cmちょうどである。日本人としては大きい方なので、ここから怒ると2mを裕に超える。  この奇妙な体質は、何も悪いことばかりじゃない。私は中学のころからバスケットボールに打ち込んだ。もちろん身長が大きい方が有利なスポーツではあるので、何とかして私はコートで怒りを爆発させる術を探した。相手のラフプレーだったり、味方のミスだったり、審判の誤審だったり、意外と怒ろうと思えば怒れる環境だった。そして自分の中でいちゃもんをつける度にグンと体が大きくなるのである。相手チームも驚愕であった。2m級の私が猛威を振るったことで、市内のバスケットボール部の試合マナーが少し良くなったのは怪我の功名というべきであろうか。  こんなビックリ人間の私であるが、前述の通り普段は温厚な性格なので、日常生活に支障をきたすことはほぼない。大きくなるのはせいぜいバスケの試合中と電車が遅延したときくらいである。穏やか暮らしができているのだから、文句は言うまい。うまくこの体と付き合ってバスケのインターハイでも目指してやろうと思う。  別件であるが、ある日私は部活帰りに財布を落としてしまったらしい。私がしょんぼりと家に帰るといつものように母が出迎えてくれた。 「あら~、ぼく迷子?」  怒ると身長が伸びるのは大いに結構だが、悲しむと身長が縮むのは勘弁してほしい。
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