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29:えがお
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渡瀬神社の軒下。
いつも俺が寝泊まりするソコで、目を覚ました俺は起きた瞬間頭を打ってしまった。
そのいつもとは違う目覚めに、俺はその瞬間目をパチリと開けた。
天井で打った頭がズキズキと痛むせいで、俺はとっさに前足を痛む頭へと持っていった
のだが。
その前に、俺は動かした手が何やら異様に長い事に気付いた。
しかも、動き方がいつもと全然違う。
いつもは必死に伸ばして顔や頭に触れる程度なのに、俺の前足はいつもと違うところで大きく曲がったのだ。
「っ」
そうして、その瞬間俺の目に飛び込んできたものは、毛の生えた俺の手ではなく、手先が5本に別れた、見慣れた……人間の手だったのだ。
俺は驚きの余りまたもや体を大きく動かすと、その瞬間手狭感を覚えていた軒下で、また盛大に頭を打ってしまった。
「っいたい!」
俺は劇的な変化をみせた己の体を観察すべく、ゴソゴソと軒下から出ようと体をくねらせた。
いつもは、スルリと出入り出来る筈のソコは、今の俺の体では動くのも出るのも一苦労だった。
じゃりじゃりと砂が手に食い込む感覚が新鮮で、そして痛い。
いつもなら前足で砂利の地面を蹴ったってどうも思わないのに。
そして、やっとの事で軒下から這い出た俺は、今度はどのように動いたらいいのかわからず悪戦苦闘した。
手が5本の指、伸ばした足もスルリと長く、尻尾はない。耳は頭の上ではなく顔の横にある。
俺はペタリと地面に座り込んだまま、バラバラな動きを見せる5本の指で顔や頭、そして体を触りまくった。
この時、俺はやっと自分が“人間”になったのでは、という考えに思い至った。
俺の知る中で、こんなカタチをしている生き物は人間以外知らない。
俺は変な猫だった筈なのだが、どうしてだろう。
「…………」
ともかく俺はどこをどう動かせば体がどう動くのかをその場で必死に考えた。
しかし、考えてもわからない。
自分の姿を全身で見渡せないというのは、頭の中に自分と言う生き物が確立されていないということ。俺の頭の中では、未だに俺は猫の体のままだ。
意識と実際の姿との違いは、体を動かすと言う当たり前の事すら難しくさせた。
なので、俺はとりあえず自らの姿を見るべく渡瀬神社の裏にある小さな川べりへと降りて来たのだ。
その時も、俺は四本足で歩くように地面を這いながら歩いた。砂利や大きな石が俺の体に当たって痛かった。
俺は人間は2本足で立って歩く事を知っていたが、それはその時の俺には難しすぎたのである。
だって、俺の頭の中での俺は、まだ猫だったのだから。
そうしてやっと川べりに下りた俺は初めて俺の目で、俺の姿をきちんと映しだした。
人間としての、キジトラという生き物の姿を。
「キージートーラ」
俺がそう口を動かすと水面に映る人間も同じように動く。
耳に聞こえるのは人間の大人のオスの声だ。
人間はオスかメスかで声の質が違う。オスは低いし、メスは高い。
そして、子供か大人かでも違う。子供は高く大きいし、大人は落ち着いてうるさくない。
その中で俺は大人のオスの声だった。
まぁ、俺は大人のオス猫だったのだからそれが道理だろう。
俺は水面に映った俺をまじまじと観察した。
毛が頭の上にしかない。毛の色は猫の時の毛と同じように茶色のような鼠色のような。
ともかく猫の時の毛と同じ色だった。毛の長さはアカやしろ達に比べて短い気がする。
アカやしろは肩あたりまで毛があるが俺は首にかかるか、かからないか。あっちへ向いたりこっちへ向いたり、つんつんだ。
目の色も猫の時と同じ鈍い金のような色をしている。
鼻は猫の時とは比べ物にならないくらい高い。
ヒゲはない。口の周りはピンクだ。
たぶん、大人のオス。
アカやしろよりは大人の形をしている気がする。そして、人間は毛が無い代わりに洋服という布で出来たものを着ている。それが猫でいう毛にあたる部分らしい。
故に、今俺は毛はない代わりに人間が着ている洋服を着ている。
上は、真ん中が丸い固いのでひっかかっている白い服。下は青い股の部分で別れた長い服。
何かを身に纏うという経験がないせいか、肌と布のこすれるのが気持ち悪い。
なんだかスースーする。
ぐーぱーぐーぱー。
のびのびのびのび。
手を開いたり結んだり。足を延ばしたりひっこめたり。
俺は水面を見ながらどう動けばどう動くのかを観察した。
見れば見る程人間で、動けば動く程おもしろい。
なんだか胸の毛がほわほわする……ような気がするが、俺に今胸の毛はないので、何と言っていいのかわからないが、ほわほわするのだ。
しかし、その時俺は意識していない自分の変化に気付いた。
ほわほわすると思った瞬間、それまで動かなかった顔が動いたのだ。
口の両端が上に上がり、目が細くなる。
「わらった!」
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