変化

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いつもの道を歩いていた。 お決まりの服屋を出て左へ。歩いて15分で私のアパートだ。それほど広くない歩道を歩いていく。右には車道。 向かいから自転車が通り過ぎる。後ろからも自転車が通り過ぎる。後ろから来た自転車はちゃんと車道に出てくれたみたい。なかなか気を抜けない。 前からスマートフォンをいじりながら黒髪長髪、黒ワンピースの、中学生くらいの女の子が歩いてくる。ぶつかるぞー、そろそろ顔あげなー。NANAの、片仮名の方のナナとか好きそうな彼女は、遠目から見ても幼そうだったが近づくとこれまた小柄だった。まだまだ子どもだ。チラッと私を見てなんとなく左に寄ると、先に右寄りに動いてあげていた私とはぶつからずにすれ違った。 その5メートル程後ろから、今度は男性が歩いて来た。顔が小さいせいか背が高く見えたが、近づくと私と同じくらいの身長だった。 距離が空いて、そのもっと後ろから来たおじいちゃんなんてなぜか胸が熱くなるくらいに小さかった。 今日はすれ違う人皆が小さい。右の車道を走る車も、ワゴン等の大きめな車が来ないせいか、とても背が低く見える。なんだかオモチャみたい。 チリンチリン、と後ろから自転車のベルの音がする。えー、私結構端に寄って歩いてるんだけど・・・。私を追い越しながら、自転車の少年二人が振り返ってこちらを見た。邪魔だよおばさん、と睨みつける顔ではないかと緊張したら、その目は好奇と少しの恐怖が混ざったような顔だった。思わず私も後ろを振り返ったが、特に何も気に留めることはなかった。私のずっと後ろの方に、歩いている人と、また1台自転車が来そうだった。私はそのまま端を意識して歩いた。 前に向き直ってすぐ、今度はこんがり焼けたまるでEXILEみたいな人が人間とゴリラの合いの子みたいな歩き方でやってきた。それでも、その小柄な感じはすれ違う10メートル程前からわかってしまった。おいおい、本当に?雰囲気とサイズのあまりの差に、私は拍子抜けした上に少しの憐れみさえ感じた。私は普通の真面目な女の子だ。やっぱりEXILEみたいな人はちょっと恐い。EXILEみたいな人は、私との距離が5メートルくらいのときに一瞬目があったが、それからは一度も合わなかった。なんだか向こうが頑なに私を見ようとしていないみたいだった。 家に着くまでの道に大きな道路があり、長い信号を私は待った。私はふと足元を見た——うん、今日はクロックスだよな。ちょっとふらっと買い物に出ただけだから。なんだかヒールを履いている気分がしたのだ。なんだろう?でも悪くない気分だ。 大きな道路を渡る手前、今まさに私の横から5メートルも距離がないくらいのあたりに、交番があった。まだまだ青にならなそうな信号機から目を離し、私はなんとなく身体を捻らせ交番を見ようとした。 「きゃあっ」 何かにぶつかったような感覚が、ないでもなかった。斜め左下を見ると、老婆が1人とその孫らしき小学生の子どもが2人倒れていた。小学生の子どもの小さい方がまず泣き、大きい方もつられて泣いた。老婆はあらあら、といって子どもたちに手を伸ばしたが、なかなか1人では起き上がれない。 「大丈夫ですか?」 どこからかボイスチェンジャーを使ったような不自然な低い声が聞こえ、私はビクッとした。周りを見回すが、声の主はいなさそうだ。その代わり、同じく信号待ちをしていた数人が揃って私を見ていた。まるで、急に地上に上げられて柔らかいところが全て飛び出して、奇妙な形になってしまった深海魚を見ているような目だ。私は少し周りに目を走らせたが、たしかに皆私を見ている。私が、ぶつかった、んだよな・・・?私が、ぶつかった、から?だよな。私はすでに他の人によって抱え起こされていた老婆と子どもたちに再度謝罪をしようとした。 「すみませんでした」 後半の「でした」を言う前に、口を押さえた。先程のボイスチェンジャーのような声は、私?? 「ぁ」 小さく声を出したが、聞こえて来たのは私の声ではない。 「ぁ、ぁ、あ、あ、」たしかに私の声帯は震えているし、耳に聞こえてくる声はそれとリンクしている。しかし声は私のものではない。 「すみません、ちょっとこちらに来てもらえますか」 近くの交番から2人の警官が固い表情でやってきた。え、え、私捕まるの?私は一気に背中が緊張した。待って待って、謝ってるのに。え、どうしよう・・・。驚いたことに、1人は長い棒のようなものさえ持っている。嘘でしょう、私、わざとじゃなくて——混乱の中で、ふと、気付いたことがあった。本当は先程からずっとそれは視界に映し出されていたが、脳がきちんと私の意識に反映していなかったらしい。警官2人も、周りの人も、私のお腹程までしか身長がなかったのだ。どういうこと——??私の身長は159cmだった。女性としては小さくないかもしれない。ヒールを履いたら余裕で160cm以上だ。それでもおかしかった。この人達は会ったときから小さかったか?それとも今日は小柄の人ばかりに会う日なのか? 混乱は重なりながらも、交番に連れて行かれるという恐れに、どこまでも大人しく私は警官について行った。交番の壁面はガラスのようで、ほとんど透明だった。標語ポスターやら何かの貼り紙やらで、光の反射によりうっすらと鏡のようになっている。私はガラスを見たが、私の顔は、映っていなかった。なぜなら、私の顔はもう交番の屋根と同じくらいの高さになっていたからだ。反射的にかがんで自分の顔を交番のガラスに映した私は、ひっ、と、悲鳴をあげたいのにあげられないような恐怖による喉の潰れに襲われた。心臓が高鳴っている。 映っていたのは、何か獣のような形相の、毛むくじゃらの生き物だった。 警官の1人が、電話や無線で何かを話していた。未確認、とか、捕獲、とか、至急応援、とかいう言葉が聞こえた。 信号はもうとっくに青になり、短い命を瞬かせるとまたすぐに赤になった。
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