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オヒオミ祭は基本的に村全体を使って行うが、基本的には神社のあるのとは反対の山を使うらしく、俺たちは神社とは反対側の山へと向かうことになった。その山の中には木のない大きな空き地があるらしく、そこを食事などを楽しむスペースとして祭りの間は使うそうだ。祭りのない時期は子供たちの遊び場として人気らしい。思いのほかたくさんの子供たちがいて、集落というのは少子高齢化が進んでいるものでは無いのか?という疑問が湧いたが、道中いくら考えてもわからなかったので諦めて受け入れることにした。
俺たちを山へと誘ったのは藤原佳奈という名前で、茶色がかった髪をポニーテールで結んだ利発な女子である。もちろん美少女だ。もう1人の方は風見真依と言って、セミロングほどの黒髪の先がすこし丸くなっている、大人しい女子である。もちろん美少女だ。彼女ははじめは人見知りというか、あまり話をしなかったが、道中話しているうちに自然と打ち解けていった。とりわけ広谷と気が合うらしく、なにやら彼らの界隈の専門用語で話をしていることも多かった。ちなみに出発前、小声で教えてくれたのだが広谷的には桐ヶ谷さん推しだそうで、ポニーテールや大人しい系もいいけどクール系巫女服美少女には勝てん、と言っていた。広谷と風見さんはいわゆる同志というやつなのだろうか?
「そうそう、マジでここ天国なのよ、涼しいし。」
「分かるわぁ……でも夏はいいけど、ここの冬はやばいよ?もう寒すぎて寒すぎて凍えるかと思っちゃう。」
「いやいや、俺の脂肪にかかればこんな冬……何も食わずに2冬は越せるぜ。」
「なんでドヤ顔してるんだ、お前?」
というような内容の伴わない他愛もない会話を延々と繰り返し、もはや昔からの友人かとでもいうほど俺たちは仲良くなっていった。そもそも同年代というのもあるだろうが、なにより彼女たちのトークスキルが高いのだ。広谷は特に仲間内ではよく喋るが、共通の趣味などがない他人と親密になるまでにはかなりの時間を要する。俺とも偶然同じクラスで同じアニメを見ていたから、という理由があったからこそすぐ仲良くなれたのだ。そんな彼があっという間に美少女たちとワイワイ話をできるようになるとは、やはり彼女たちの凄まじい能力と言わざるを得ないだろう。
その時ふと視線を感じた気がして振り返ると、神社のある近くの道に、一人の女らしき人影が歩いているのが見えた。それだけなら特に気にとめることもないが、その黒髪の女は全身赤い服を着て、白い靴を履いていた。その奇妙なコントラストに思わず目を奪われていると、広谷がその巨体で視界を塞ぐように俺の目をのぞきこんできた。
「おい瀬戸、大丈夫か?」
ハッとして広谷と目を合わせる。
「あの女、変じゃないか?」
あの女からは見えぬよう、それとなく視線で広谷に示す。
「女?」
「ほら、あの神社のとこの近く。」
広谷が神社の方をうーん、うーんと呻き、目を細めながら見つめている。
「女なんて居ないじゃん。頭でも打った?いい脳外科紹介しようか?」
「いらねえよ。いや、冗談じゃなくて本当に見えないのか?」
「だから見えないって。」
「……あんなに目立つのに?」
「いやだから!見えないっつーの!」
広谷と押し問答になり、一縷の望みをかけて女子2人に尋ねた。
「な、なあ、あそこの神社の近くに女の人、いるよな……?」
「……え?」
「いないよ?」
「ほら、赤い服を着てるだろ?あそこで歩いてる……」
「えぇ……?見えないよ?」
「ほら瀬戸、妄想も大概にしとけよ!迷惑かかるだろうがっ!」
女子が2人とも困惑したような顔をしていた。俺の頭がおかしくなったのか?何度目をこすって見返してみても、やはり女はまだ歩いている。まるで周りの世界など関係ないかのように、そして地面さえもただの飾りかのように、世界の違和感とでも言える、孤立している不気味な浮かび上がったシルエットに誰も気づいていない。そのひとつの要素だけが明らかに浮かび上がっているのに。
「……すまん、忘れてくれ。先急ごう、早くしないと手伝う前に日が暮れる。」
こうして俺たちは、その事を忘れて再び雑談の嵐へと舞い戻っていくのだった。
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