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降りた駅の周りは完全に山と森に囲われており、夜に来たら有名なネット怪談「きさらぎ駅」の舞台そのものかと思えたほどだった。駅前の小さな廃れたロータリーにその場に似合わぬきれいな車が停めてあり、菊池さんが先導して一同はそこへ歩いていった。そのロータリーには、端の方にひとつ商店があるのと、枝分かれする道端に何かよく分からないモニュメントがそれぞれ置いてあるのみだった。そのモニュメントは、道に踞る女性のようで、道によってわずかに姿勢が異なっているように見えた。珍しいものの気がしたので、急いでスマートフォンを取り出して撮影した。
車に乗り込むと、また長い移動が始まるということを菊池さんに知らされ、若干の飽きを感じつつも、電車内での雑談の続きが始まった。菊池はなぜか早々に眠りについた。
「ところで、さっき聞きそびれたんですが、その……オヒオミ祭……?はどんな祭りなんですか?」
「まあ、詳しくは着いてからのお楽しみってことにして……オヒオミ祭は、1年の夏の2週間行われるものなんだけど、その1年、田畑を耕して作物を得られ、無事に過ごせたことをアラサタ様に感謝して来年も同じように過ごせるよう祈るお祭りよ。このあたりは昔自然災害が多くて、1年生き残るのもやっと、みたいな状況だったこともあったらしいわ。祭り自体は明日からよ。」
「そんな生存率で大丈夫だったんですか?その……村の運営とかは?」
一瞬の沈黙があり、まずいことを言ってしまったかと心配したが、返事は先程のような優しい声であった。
「最近は科学技術の発展でだいぶよくなったらしいわ。でも明治時代より以前の記録がほとんど残ってないの。だからそれより以前から既に村があったこと自体はわかってるんだけど、それまでをどうやって乗りきってきたのかはわからないわ。」
「現代人を悩ませる古人の知恵、ってことですか……面白いですね!」
広谷が俄然興味を持ったのか、若干後部座席から乗り出している。明治時代からの記録がこんな山奥に眠っているとは、驚きしか無かったし、何より博物館や然るべき研究機関に託されていないことを疑問に思った。学術的価値が低いのだろうか?そしてもうひとつ湧いて出た疑問がある。なぜこの人は祭りの説明を具体的にしないのだろう?
「じゃあ、そのオヒオミ祭も、明治時代からの記録で残っているのと口伝え、ということですか?」
「その通り。みんな小さい頃から毎年やってるから親しみ深いし、やり方はずっと変わらないからね。」
その後もしばらく話は続いたが、夏休み中に完成された極度の夜型生活リズムが簡単に治るはずもなく、うとうととしているうち、いつの間にか眠りに落ちていった。眠る前、最後に記憶にあるのは、道端に横たわっている内蔵の潰れた狐だった。
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